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4月2日説教のポイント

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「その叫び、死の縄目も解く」

聖書 ヨハネによる福音書 11章38節~44節

             伝道師 三輪恵愛

   4月2日の礼拝から説教者が交代しました。

①十字架への歩みは勝利の歩み!

受難節はキリストの苦しみに思いを致す期間とされています。受難節にあって、キリストの十字架への歩みは何を示しているのでしょう?わたしたちはなにを思って祈ればよいのでしょう?イエス様の苦しむお姿を偲ぶことはとても大切なことです。わたしたちの弱さを担って、罪の贖いのために十字架を背負ってくださいました。そのお姿は、たいへんに苦しめられ、弱り果てたお姿かもしれません。しかし、そのお姿にとどまり続けることが受難節の歩みではありません。復活への道が確かに続いていることまで心に留めてこそ、受難節の大切な意味が現れてきます。

②イエス様はなにに対して涙し、憤られているのか

ラザロのお墓の周りに集まったマルタや群衆は、ラザロが葬られて四日もたったことを受け入れてしまっています。イエス様は、そういった周囲の人たちの不信仰に対して怒られているのでしょうか。イエス様の祈りを聴く限りでは、そうではありません。「彼らに信じさせるためです(42)」。すべては、主なる神様がわたしたちの救いのために御子イエス・キリストを遣わしてくださったことにかかっています。イエス様の怒りは、わたしたち人間を支配下に置こうとする罪の死に対して向けられているのです。

 

③わたしたちを救いのもとに導いた全能の神の言!

ヨハネによる福音書は、神の言がイエス・キリストとなられたことに重きを置いています。神の言が常に新しい命へとわたしたちを招きます。「ラザロ、出て来なさい!」イエス様の叫びは、罪の死のもとにあった一人の男を光のもとに再び呼び起こしました。その言葉が、周囲の人をも救いの御業に共に参加する働き人として召し出しています。岩をどかし、包帯を解いてあげて、顔の覆いを取り、神の言を聴いて救われた人を真実の生のもとへ「行かせる(44)」のです。イエス様の叫びは、今の世にあって、すべての救いを求める魂のもとへ届こうとしています。福音の叫びを届ける栄光ある務めを共に担おうではありませんか!

 

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