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4月5日祈祷会

「 ヨルダン川を渡るとき 」

                                      三輪 恵愛

本日より祈祷会も担当いたします。宜しくお願いいたします。はじめるにあたり、いくつか説明することとお願いがあります。

祈祷会では御言葉の解き明かしと奨励が行われることが一般的です。そのようにしたいと思っています。今回は、ヨシュア記から、ひとまず列王記がすべて終わるまでは続けていくつもりで始めていこうと考えました。いくつかの理由があります。

一つ目は旧約聖書を通読する意義についてです。主なる神はイスラエルの民を用いて、その歴史のなかで「救いのかたち」を顕しました。わたしたち一人ひとりに地上の一度きりの生涯があるように、イスラエルという国の歩みのなかで救いへの道が示されています。イスラエルの歴史をあたかも一人の人、あるいは一つの群れの歩みのように捉えながら読むことで、ぐっとわたしたちの信仰生活との距離が縮まり、学ぶことが多いことでしょう。聖書は、ただ「はるか昔にそういうことがあったのか」という知識を増やすだけの読み方では身に付きません。聖書と対話するようにして、「では、日常生活ではどのように活かされていくのか、どういう考え方ができるのか」というところまで至って初めて「神の言であるイエス・キリスト」が生活のすべての領域において聖霊となって働いてくださいます。聖書を意識的に読むことで、その備えができるでしょう。

ヨシュア記からはじめて、列王記下まで、すなわちバビロン捕囚までのイスラエルの歩みを見通したいと思っています。3年半から4年ほどかかると思います。じつは、この期間のこともヨシュア記を選んだ理由です。わたしはなおもう一つの試験を二年半のあとに控えています。今回、イスラエルの歴史を皆さまと一緒に学ぶなかで、その試験の学びの備えもしたいのであります。日本キリスト教会の牧師になるための試験では、旧約聖書という科目の中で、必ずイスラエルの歴史が問われます。ヨシュア記から始めていけば、祈祷会の備えのなかで、試験に必要な事柄の理解が深まってまいります。また、皆様からのご質問も大歓迎です。どうぞ未熟なわたしに考えるきっかけを与えてください。

それでは今日のところ、見ていきたいと思います。

①ヨシュア記のあらまし。

ヨシュアの名前についてです。イェシュア、正しい発音はイェホーシュアー( יְהוֹשֻׁ֣עַ )イェホバ ヤーシャー「主はわたしの助け」。イエス様のイエスとまったく同じです。イスラエルではそれほど珍しい名前でもない。いまでもイスラエルにヨシュアさんはたくさんいると思いますが、わたしたちはイエス・キリストのおかげで、大切な御名前になっています。しかも単なるご主人というだけでなく「わたしを救ってくださるご主人」という意味が、すでに「ヨシュア」の一言につまっています。

その名の通り、ヨシュアに課せられた使命は、モーセの後をついで主がエジプトから救ってくださった旅路を完結させるためのものでした。ヨシュア記は、罪の奴隷の家であったエジプトからの救いの約束がいちおう成就する書物です。ヨルダン川を渡って約束の地に入っていきます。1節から4節のところは、いうなれば神様の「まえぶれ」です。

②律法と約束の関係。律法は義務ではなく恵みです。(5節9節)

1節から4節の予告に続いて、5節から9節に書かれてあることは、主なる神とヨシュアたちの間で交わされる約束です。

さて、すでにモーセを通して、イスラエルの人々には約束が与えられていました。出エジプト記第二十章の十戒と、それに続く諸々の律法でした。8節に「この律法の書」と書かれています。「この律法」とは「どの律法」かと言いますと、十戒を中心としてレビ記、民数記、申命記に書かれてある律法です。「トーラー」と言いますが、ここではとくに冠詞をつけて力強くセフェルハットラーהַתּוֹרָ֨ה סֵפֶרと発音します。トーラーは、羊皮紙やパピルスにかかれるようになると巻物として保管されました。「トーラーの巻物」、まさに「虎の巻」です。こうなると日本人にはなじみ深い響きです。そのように覚えていただいても結構です。

ところで「律法」という響きは、みなさまには、まもらなければならない掟のようなもの、厳しいもののようなイメージはありますでしょうか。8節はこのように続いています。「口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれてあることをすべて忠実に守りなさい」。わたしたちはなかなか昼も夜も聖書を読むことはおろか、口ずさむなどできるでしょうか。よほど熱心でないと難しいことです。

こういった「守らなければならない、義務のようなもの」として律法を捉えますと、それを守り切れなかったときには、なにやら後ろめたいもの、または申し訳なさが心に残ります。しかし聖書ではそもそも、律法を厳しいものとして与えられているとは言っていません。律法も、神より賜る大切な恵みです。

恵み深さを味わうためのキーワードが二つあります。一つ目、7節に「忠実に守り」という言葉があります。シャーマルという動詞です。これは単に後生大事に守るのではなく、じっくり観察する動作が込められています。わたしたちは決まりを守るとなりますと、ときにその大事な決まりの意味を忘れ、守ることだけを重んじることがあります。卑近なたとえだとは思いますが、なぜ道路交通法にスピード違反があるのか。切符をきって罰金を取るのが目的ではなく、安全に車社会を整えるためでした。なぜ、主なる神が細やかに決まりを与えてくださるか。ときに応じてその意味をじっくり味わい、教会の、ひいては社会の共同体の生活を豊かにするためです。

つぎに7節と9節にある「成功する」ということばです。これも注意が必要です。いま、成功を追い求める社会になってきていますが、聖書は個人的な成功を追い求めることを必ずしも推奨するものではありません。シャカルという動詞です。これは「注意深く考える」という意味から来た言葉です。聖書が語る人生の成功とは、すなわち「生活の中で注意深く考えていくような人生を過ごす」ことであると考えるのです。富や社会的地位を求めて、それを果たすことが「成功」だと考える現代社会ですが、はたしてそうでしょうか。いまは、個人的な成功を過度に追い求めることによって社会が歪んできています。ときには社会全体の利益、すなわち「全体にとっても嬉しいこと」を求めて、注意深く考え、行動することが共同体の幸福になることがあります。全体を見渡すことが出来る人は、注意深く考える、すなわち「シャカル」して、本当の人生の成功、意義深い生涯を送ることができます。

この律法をめぐっての「シャーマル」と「シャカル」からわかることは、聖書も注意深く読み深めて、社会の中で様々なことを考えていく書物だということです。ヨシュアは、そのようにして「この律法」、モーセから手渡された書物をいま手にしています。なにをするにしても、主の恵みの御心がしめされた「この律法」わたしたちにとりましては聖書です。これを参照し、思索し、日々の生活にあたっていきなさいと。人生のなかでヨルダン川を渡るような決断をしなければならないとき、神の言を参照して具体的に行動していく。それによって、秩序をもって確信をもって川をわたっていくのです。

③神の御言葉からくる説き明かしへの信頼!

時間の制約があるので、10節から18節は主なところだけを申します。ヨシュアは、この律法、「セフェルハットラー」、すなわち、神の御言葉を参照して、民に細やかな指示をあたえます。これより未開の土地に入植していくのですから、民にとっては大変な事業です。14節にあるように「隊伍を整え」渡る必要があります。

そういったヨシュアの指示にたいして、16節以降は、民が信頼をもって応えています。この信頼はどこからきたのか。それは、モーセが偉大な指導者だったから、ヨシュアが若くて勇ましいからでしょうか。指導者の人柄、能力をみて、彼らは信頼を感じているのでしょうか。そうではなく、この指導者にそもそも主の御言葉への全幅の信頼があることです。そこからくる細やかな指図が、ひいては主の御言葉からきたものであることを、この民もまた了解しているのです。

17節「どうか、あなたの神、主がモーセと共におられたように、あなたと共におられますように」。「神、あなたとともに」。ここは「エロヒーム、インマッハー」というかたちになっていますが、「インマッハー、エル」とならべかえて、一人称の複数形にしますと、皆様も聞きなれている「インマヌエル」のかたちになります。すなわち、イエス・キリスト、インマヌエル。「神、われらとともに」の言葉がここにも見られます。これから、大きな決断をして、川をわたり、新しい土地へと旅立とうとしているイスラエルの群れに神はともにおられます。イェシュア、「主はわが救い」とインマヌエル「神、われらとともに」。このようにヨシュア記第一章のなかにも、あざやかに救い主の姿を見出しました。引き続き、どのような旅路になっていくのか、この祈祷会で御言葉の恵みをわかちあっていきたいと思います。(このあと「相愛会の働きのため」共にお祈りを捧げました。出席男性6名、女性4名でした。)

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