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4月16日(復活祭)説教のポイント

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「いのちはキリストとともに」

聖書 コロサイの信徒への手紙 第3章1節~4節

             伝道師 三輪恵愛

①主の十字架により古い自分が「死ぬ」ということ。

パウロが語る「あなたがたは死んだ(3)」との言葉に驚きを感じます。パウロはなぜそのように語れるのでしょうか。コロサイの教会には、キリストの復活ではなく思想や学E7a9bae381aee5a293厳しい戒律などの「地上のこと」に頼って救いを得ようとする人たちがいました。パウロは、キリストの復活ではないものに頼る生き方は「洗礼によって、キリストと共に葬られ(コロサイ2:12)」たと言います。地上の事柄に頼って自らを高めていっても、罪人としての不完全さは決して消えることはありません。それらは既に、主の十字架によって死んだものとされているのです。それは孤独な死ではなく、イエス・キ リストが十字架によってすでに歩んでくださった死です。わたしたちの不完全なところにまでイエス様はともにいてくださるのです。

②わたしたちが聞くべき福音は天に蓄えられている。

不完全な地上の事柄には頼らず、ではわたしたちは何を頼れば良いのでしょうか。「それは、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました(コロサイ1:5)」。十字架によって不完全なものから新しい復活の命へと生かされている今、頼るべきものは地上の事柄ではありません。イエス・キリストがおられる天からの福音のみが、わたしたちが「心を留める(3)」べきものです。

キリストがわたしたちの命とともに現れる。罪びとがキリストを現す神の奇跡。

 パウロは「キリストと共に」わたしたちの命が隠されていると言います。主なる神にとって、キリストと共に復活したわたしたちの命は、なんにもまして大切な宝です。だから、大事にしまっておくことは当然のことです。命はすでに天にありますが、なおわたしたちには地上の歩みのなかで果たす務めがあります。その務めのなかにあって、キリストの命と共にいればこそ出来る愛の業があります。罪びとに愛の業ができるのでしょうか。できます!わたしたちの命と共にいるキリストが愛の業を行ってくださいます。日頃の小さな愛の行いのなかに、福音による新しい命は働いています。これこそ罪びとを赦し、新しくしてくださる神の栄光なのです。キリストの復活に与っている今、わたしたちの命はキリストとともに日々新しくされています!

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