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4月9日説教(郡上八幡伝道所)のポイント

「ようこそ、イエス様」

聖書 マタイによる福音書 21章1節~11節

             伝道師 三輪恵愛

   

①王様はお城に入る

 今日は「棕櫚の主日」、イエス様がエルサレムに入城したことを記念するお祝いの日です。このときエルサレムは「過ぎ越しの祭り」で大賑わいでした。ゼカリヤ書9章9節の預言の成就として、イエス様は柔和な王としてろばに乗ってエルサレムに入城します。それは、世の権力者の姿とはまったく違うお姿でした。

②群衆の豹変した姿、彼らはイエス様を誰だと思ったのか

この入城の様子を見ていた群衆が「ホサナ、ホサナ!」と叫びます。「今、救ってください!」このように救ってほしいときに、力強い指導者をわたしたちは呼び求めます。どうか、この世の支配、権力を強めて助けていただきたいと。ところが、イエス様が最後までお示しになった姿は、権力で世の中をひっくり返す仕方ではなく、むしろ支配欲にまみれた権力の暴走と、十字架における罪の恐ろしさを明るみに引き出し、すべて引き受けるものでした。内側に入られた柔和な王は、わたしたちを御言葉によって新しくしようとしていきます。このことを不要と考えて退けるのか、聞き続けるのか。これが救いのために大切なものとなっていきます。

③「主がお入り用なのです」の一言が「ろば」を召し出す

柔和なお姿を示すために、イエス様はゼカリヤ書の預言の言葉に忠実に、ろばを召し出しました。「主がお入りようなのです」、この一言で主人が手渡すであろうPhoto_2ことを予期していたかのようでした。それはわたしたちにとっては不思議な言葉ですが、神様にとってはその通りになるものなのです。わたしたちも、まず「主がお入り用なのです」との言葉が先にあったことを思い起こします。すべてをわたしたちの側から選んだわけではない。さきにお入り用になるお方、主なる神がおられてはじめて、わたしたちは主に御仕えする者となります。イエス様を背中に乗せるようにして、生きた御言葉を持ち運ぶことも、召し出されたわたしたちの大切な務めです。立派な姿や世の権力の声に惑うことなく、ろばのように柔和な僕として仕えていきたいと願うものです。

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