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6月18日説教のポイント

「愛、キリストのゆえに」

聖書 ローマの信徒への手紙第5章1~8節

                         伝道師 三輪恵愛

 

①キリストを信じるにあたっての最大の恵み、信仰義認を確かめること

2017年、今年は宗教改革500周年の節目の年となりました。プロテスタントの教会は「聖書のみ、信仰のみ、恵みのみ、キリストのみ、神の栄光のみ(Sola scriptura, Sola fide, Sola gratia, Solus Christus, Soli Deo gloria」と語って来ました。神様からの一方的な恵みによって義をされること、信仰義認について、今日の御言葉も説いています。良く聴く言葉でありながら、何度でも確かめるべき「キリストを信じることで義をされる」ことの意味。それは、わたしたちには救われるための条件はなにも提示されていないということです。すでに成し遂げられたキリストの贖いの業。この事実にしっかりとつながっているかどうか。「わたしたちは救われるためになにかしなければならないのではないだろうか」、そう考えてしまいそうなときに、あらためて「キリストのお陰」で、もう恵みに入れられていることを確認していくことは、大事なことです。

②「苦難をも誇りとする」、弱さのなかでこそキリストは近くにいてくださると感じる

「キリストを信じればいいのですよ」とキリスト教を紹介するとき、「ではキリストを信じたことで、なにかいいことがありましたか?」と問われたら、なんと答えましょう?3節~5節のところは、「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生みだします。希望は欺きません!」まるで勇ましいキャッチフレーズのようです。ところがこの力強い言葉も、「キリストのお陰で」という大切なことを忘れては、再び、わたしたちの力で救いを勝ち取るような響きに変わってしまうのです。それは、聖書が語る救いではありません。苦難を感じなくなることが信仰生活でしょうか。キリストを信じても時として苦難はあります。ここでいわれることは「苦難を誇る」、つまり「苦難の意味の中に、キリストのお陰で救われる真実を自分のものとする」歩みが示されているのです。苦難の真実の意味が明らかになって、やはりキリストあってこその、神に愛されて生きている!これがキリスト教を信じて良かったと言える、最大のことと言えます。

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