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6月11日説教説教のポイント

「そのときすべてがはじまった」

聖書 創世記第1章1~5節

                         伝道師 三輪恵愛

①天地創造のくだりが聖書の初めに置かれていることの意味「すべては神よりはじまった」

「初めに、神は天地を創造された」聖書は神様の創造の御業から厳かに語ります。しかし科学が発達した昨今、どうも宇宙は150億年くらいまえに「ビッグバン」から始まったと言います。科学や歴史の研究成果は、聖書の言葉と対立するものなのでしょうか。そうではありません。お互いに領域としているものが違います。聖書が示す三位一体の神様は、すべてに先立ちつつ、人間を救うことを御心としています。「すべてを創造された神が、御子イエス・キリストにおいて今もすべての人を救おうと、聖書の御言葉を伝えようとしている。」このことがわたしたちの救いの真実です。

②「光あれ」、神が一番はじめになさったことは「言葉による創造」

はじめに「光あれ」と語られた神様は言によって出来事を起こされるお方です。聖書は神様が言ったことが必ず成就すると語ります。人間の言葉は、なかなかそうはなりません。言行不一致、言ったことと行いはしばしば食い違い、ときには思ってもいないことを口走ります。神様の御心がそのようになる、と考えるとき、わたしたちは身の回りで起こされた出来事から、「ああ、これも神様の御心だったのか」と知らされることがあります。これが信仰の醍醐味です。世界は無味乾燥したものではありません。確固たる意志をもったお方が今も世界を保っておられます。

③「光あれ」、イエス・キリストの御言葉が光となってわたしたちに差し込む「始まりの出来事」

「肉をとられた神の言」イエス・キリストが世に来られたことは、創造主なる神が世界を創造されたときと似ています。混沌としていたところに「光あれ」と照らし出し、闇と区別し、物事を生み出しながら意義を明らかにし、それらを祝福されました。世の光でもあるイエス・キリストも、混沌としていたわたしたちの心に光を与え、物事に秩序をあたえ、人生を意義深いものとし、祝福を語ります。「光あれ」、神の言によって世界は始まり、またわたしたちの救いも始まったのです。

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