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10月1日説教のポイント

心が柔らかいお方だから

聖書 ヨナ書第3章10-第4章11節

                         伝道師 三輪恵愛

①ヨナの姿にあらわれる「人間臭さ」、ユーモアに溢れるヨナ書

 教会の正典である聖書ですから、畏れをもって読み、聞くべき神の言です。とは言うものの、多様なジャンルの書物が一冊に収まった聖書は、なかには「柔らかい心」で読みたいところもあります。ヨナが預言者でありながら、務めから逃げ出したり、神様に怒りをぶつけたりする姿は不届き千万です。同時に、それは人間臭い姿を描いてはいないでしょうか。「神のユーモアが描かれる」とまで言われるヨナ書は、滑稽なヨナと神様との微笑ましいやり取りを「柔らかい心」で読みながら、そこに自分自身の姿を見出させる深い意図が隠されているようです。

 

②悔い改めるニネベの住民の姿は理想的?ポイントは「思い直される」神様の心

それにしても「四十日で滅びるぞ!」と叫ぶヨナの投げやりな説教が、不思議なことにニネベの王様をはじめ、すべての住民、なんと家畜まで!悔い改めさせました。人ならわかりますが、家畜まで悔い改めの祈願をするとは!?ここにも思わず笑ってしまうユーモアが感じられます。そこまで徹底的に悔い改めるニネベの姿に神様は思い直されました。ヨナはそこに怒ります。しかし思い直される神様で良かったのではないでしょうか。もし、思い直されることがなければ、ニネベはもちろん、地上のすべての罪深いものはたちまち滅ぼされます。だれがニネベを笑えましょう。今も、「右も左もわきまえない多くの人々」の立ち返りを神は待っておられます。

③「心が柔らかいお方だから」ヨナも人々も主なる神様の御手のうちに愛されている

  ヨナは赦されたニネベに怒り狂いますが、それはお門違いです。ヨナも、一度は神様に背を向けて逃げ出しました。おしなべてわたしたち人間も「こうでなければならぬ!」と怒るとき、だいたい自分の背きは棚上げにしています。「怒りのあまり死にたいくらいです」とむき出しの感情を投げつけるヨナを、神様は優しく諭します。「どうしてこの大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか」。ところで、わたしたちはいつも畏まって主に祈るでしょうか。ときに感情をむき出しにして「主よ、なぜですか!?」と本気で問いかける祈りも必要でしょう。だって神様は、わたしたちのアッバ、天の父なのですから。そうしたときに、イエス様の十字架ですべてを受け止めてくださった主の忍耐と柔らかい心の深さが感じられるのではないでしょうか。神様は十字架よりも以前のころから、救いのために忍耐を示してくださいました。わたしたちも、思い直される神様の柔らかな心に育まれていることに感謝しつつ、根気強く福音を告げてこうではありませんか。


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