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1月17日祈祷会 サムエル記上第9章

「 尊きかな、わが主の選び 」

 今日は、サウルとサムエルの出会いが語られていました。いよいよ、サウルがイスラエルの初代の王として選ばれていきます。先週のところでは、民はサムエルに「王を立ててください」と、王を求める声をあげていました。神様はこれに応えるかたちで、サウルを選びます。したがって、この章では、「主は民の救いのために、求めに応じて、必要な人物を選んでお立てになっている」ということが、一つのテーマだと言えます。

 ところで、この「神様の選び」ということについては、わたしたち改革派、長老主義にたつ教会は、とくに大切にするところです。新約聖書では、「エクレシア」という言葉に、教会という日本語があてられました。このエクレシアは、ご存じの方もおられるように、「エクカレオー:外へ招き、い出す」という言葉がもとになっています。「それぞれがおられる日常の現実から、招きだされた人の集まり」ということです。ですから、「教会」という言葉をきくたびに、「わたしたちは神様が救ってくださるために、または救いの御業に用いられるために選ばれて招かれたのだ」という恵み深さを、思い致すことができます。

とはいえ、わたしたちの日常では、一見、人間が道を選んだように見えるのも事実。今日のところが伝えようとしているのは、たとえ人間には自分たちが選んだように思えても、それをはるかに超える神様の選びがある、という不思議と驚きだと思います。今日は、サウルというベニヤミン族の名もない若者が、選ばれた不思議を見ながら、「一見、日常の、世俗的な日々でも、じつは救いに導いてくださる主の御業が起きている」という真実を、分かち合えればと思っています。

①今日は、11節からにしました。そこまでのところは、あらすじを追うことに留めます。サウルが、若い従者と一緒に出掛けた理由は、父親のろばさがしを手伝うためでした。3節と4節を読みます。「あるとき、サウルの父キシュのろばが数頭、姿を消した。キシュはその子サウルに言いつけた。「若い者を一人連れて、ろばを捜しに行ってくれ。」9:4 彼はエフライムの山地を越え、シャリシャの地を過ぎて行ったが、ろばを見つけ出せず、シャアリムの地を越えてもそこにはおらず、ベニヤミンの地を越えても見つけ出せなかった。

 そうしてサウルはロバ探しを頑張りますが、とちゅうであきらめます。ところが手伝ってくれていたお共の若者が、たぶんどこかでサムエルのうわさを聞いていたのでしょう。「神のお告げを聞きに行きましょう」と誘います。

②道中、サウルは面白いことを言います。神のお告げを聞きに行くのに、「手土産」すなわち、いまでいうところの「おさいせん」、あるいは「けんきん」、に見合うものを気にします。「足りるかな?」面白いですね。サウルは、純朴な若者にも思えます。しかし、こういった疑問が出るのは当然かもしれません。神様のお言葉を聞きに行くのですから、手ぶらではどうも。という感覚でしょう。先日、執事会や伝道委員会でクリスマス礼拝の振り返りが行われました。そこで、どなたかが、キャンドルサービス礼拝ではじめての方から「献金にはいくら入れればいいのですか?」という質問を受けていたそうです。聞かれたほうも困ってしまったということでした。そして今年のクリスマスには、応える言葉を持ちたいということになりました。一般の方は、わたしたちが慣れてしまっている一つ一つのことについても、疑問に思うということをあらためて知ったものです。新しい方、どなたも、「神様が招いたお方」と受け止めながら、丁寧に対応していければと思いました。

 ともあれ、サウルたちは「まあ、これぐらいでよろしかろう」と折り合いを見つけて、道をさきに進みます。

③こんどは、「水汲みの娘たち」にあいました。「先見者はおられますか?」という質問にたいして、まあ、この娘さんたち、なんとも丁寧に対応しています。聞いてもいないことまで、丁寧に答えてくださる。気立てのいい娘さんですね。ここの部分、ある注解書の執筆者は、面白いことを言っていました。「サウルは、見た目が美しい男子であったから、娘たちは、すっかり上機嫌になって、サービスしたに違いない」と。まあ、そうかもしれません。わかりません。「サウルが美男子だった」ということは、聖書も語っています。いずれにしても、この微笑ましい、若い男女の出会いについても、神様は選びに用いていることは確かです。いまや、教会から若者と言える人が少なくなってしまいましたが、かつては、若い男女の出会いの場としても、教会は貴重な働きをしたと聞きます。わたしが小さいころは、まだ大学の青年男女が教会にたくさんきていて、礼拝では気もそぞろに、そのあとの交わりを楽しんでいたと長老たちから聞いたことがあります。こうして出会った男女、教会にとどまった方は、良い働きをして信仰の継承に勤しんでおられる方々もたくさんおられることです。ですから、そんな素敵な若い男女の出会いも用いる神様がもっと素晴らしいと思います。

④こうして、サウルがサムエルに近づいてきました。というよりも、神様がサウルを手繰り寄せているようです。16節では、まるで手の内をそっと明かすようにして、聖書を読む信仰者にだけ、神様の御業の不思議の種明かしがされます。サムエルへの言葉、「明日の今ごろ、わたしは一人の男をベニヤミンの地からあなたのもとに遣わす。あなたは彼に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの指導者とせよ。この男がわたしの民をペリシテ人の手から救う。民の叫び声はわたしに届いたので、わたしは民を顧みる。」サウルの選びは、主のご計画だったのでした。しかも、それは神様が「わたしの民をペリシテから救い、顧みる」ためだったのです。わたしたちにも、神様の救いの出来事の尊さというものは、当事者であれば、最初は隠されていて、後から知らされることの方が多いのではないでしょうか。このときのサウルのように、当の本人には、まだ隠されている。ということは、いま、このときも、じつはわたしたちにはまだ隠されている、素晴らしい新しい出来事が、起ころうとしているのではないでしょうか。これは、わたしたちにとって将来への希望になります。

⑤ついに出会ったサウルとサムエル。サウルにとっては、探しているロバの居所がわかればそれでよかった。しかし、サムエルには、それ以上の役目がありました。こうして、主が選ばれた人を、お客人としてもてなします。つまり、サムエルは、神が選ばれたサウルを大切にしているのです。これも、さきほど触れたことと重なるテーマです。教会に新しく足を運んでいる人は、その人が、まるで「ロバでもさがす気分」で、「けんきんの額を気にしながら」来ているかもしれません。しかし、「ロバさがし」をはるかに超えた目的で、主が選び、招いている人です。「ロバ探し」や「けんきんの額」を気にする以上の、大切なことがその人の身の上に起ころうとしているのですから、わたしたちも心を込めて、新しく来られた方を上席に座っていただきたいものです。とはいえ、いきなり礼拝の最前列に座っていただいたら、びっくりするでしょうから、そこは、初めて来られたかたの立場に寄り添って、しかし極上のもも肉をだすほどのおもてなしで、神様が選ばれた人を大切にしたいものです。

⑥こうして、今日のところの最後を飾るのが、神に選ばれた人と、神の言葉を告げる牧会者との出会いです。サウルとサムエルは「話し合った」ということでした。なにを話し合ったのでしょう?これは、私たちがいろいろ思いめぐらしていいところかもしれません。若者サウルは、これまでの道行きを率直にサムエルに打ち明けたかもしれません。サムエルは、それを一つひとつ聞きながら、最後にひとこと、「あなたを選んだのは、神様です」と、極上の一言を、サウルに語ったことでしょう。

こうして、サウルの油注ぎの備えは整ったのでした。神が選んだ信仰者、一人一人も、はじめの道行きは、きわめて世俗的な日常からの召しだし。しかし、一つ一つ丁寧で、無理のない選び、招き、お世話があって、洗礼の備えへと、導かれたことと、重なるようで、感謝です。20節のサムエルの言葉、三日前に姿を消したろばのことは、一切、心にかける必要はありません。もう見つかっています。全イスラエルの期待は誰にかかっているとお思いですか。あなたにです。そして、あなたの父の全家にです。」

 これまで、ロバの心配、献金の額の心配をしていたことは、ささやかなこと。神様が探していたのは、ロバを探していたサウルでした。わたしたちも、なにかささやかなことを一大事のように探していましたが、じつは、探していてくださったのは、99匹の羊をあとにしてまで、一匹の羊を探しておられる主なる神様です。まよえる一匹の羊を、肩に担いで喜んでくださるのは、牧会者のなかの牧会者であるイエス様。最後に、イエス様の御言葉を聞いて終わりにします。ヨハネによる福音書第1516節の御言葉をどうぞ、お聞きください。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。」今日は、ここまでにいたします。

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