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1月28日説教のポイント

「主よ、どうぞお語りください」

聖書 申命記第1815-22

       伝道師 三輪恵愛

 

預言者を立てる神様「しかしそれが神の言葉だと誰がわかりますか?」

「申命記」というタイトルは漢訳聖書のものをそのまま用いています。「重()ねて命じる」の名のとおり、「聞け、イスラエルよ(シェマー、イスラエル)」と、主は集える会衆に語り掛けています。イエス様も「よくよくあなたがたに言っておく(アーメン、アーメン、レゴーヒュミン)」と大切なことを語るとき、前置きされました。神の国の住民であるわたしたちにとっても、聞くべきは主なる神様が語る言葉です。ところで、それを誰が語るのでしょうか。18節「預言者を立ててその口にわたしの言葉を授ける。」なるほどそうして神様は語られるのですね!・・・しかし、わたしたちにそれが神の言葉だとどうすればわかるのでしょうか?

「語った言葉が実現すれば神の言葉」神様が実現なさることとは?

「語っても実現しなければ主が語られたものではないから、恐れるな」、旧約聖書にはエレミヤが対決したハナンヤのような偽預言者が登場し、惑わします。しかし偽預言者の言葉は実現しませんでした。とはいえ、今、これからのことを聞くわたしたちはどう考えればよいのでしょうか。新約の時代、今日の御言葉のところは「どうして人が神の言葉を語りうるか」という点において大切に引用されました。ペトロは「キリスト自身が語る預言者」だと説き、パウロは「聞くことによってキリストへの信仰がはじまる」と語りました。すなわち神の言葉の目的は信仰を与えることにあり、それが実現するとき、キリストご自身が語る神の言葉は実現すると言えるのです。これは旧約を新約によって読むときに明かされる真実です。

キリストを伝える「今の預言者」、聞いた神の言葉を語っていく教会

「神の言葉」というと真っ先に説教、そして聖書朗読を考えるかもしれません。プロテスタント教会は「神の言葉である聖書と説教」を重んじてきました。しかしそれのみで、神が豊かに御言葉を語り給う礼拝が成立するわけではありません。礼拝を導くすべての事柄にキリストの言葉は満ちています。賛美に、祈りに、教会の制度に。長い年月、こうしてキリストご自身が預言者として語ってきた神の言葉に、教会は応答してきました。この語りと応答の交わりのなかで、キリストを信じる信仰が実現してきたのです。今日の御言葉のとおり!預言者が語る言葉が実現すれば、それは神の言葉なのです。今の時代に選ばれた預言者として、わたしたちの教会も、キリストの信仰を実現する言葉をともに語っていこうではありませんか!

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