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1月7日説教のポイント

光に満ちた、第一の日を

聖書 創世記第11-5

       伝道師 三輪恵愛

 

 

①神様は光だけではなく、地は混沌に、そして闇も創造された

  「光あれ」、ただこの一言で光は創造されました。すべてのものに、言によって存在を与える主のみ言葉の重みを感じさせる出来事です。わたしたちは光に目の創造に目を向けますが、じつはこのとき、地は混沌に、そして光と闇を分けることで、闇も創造されました。ことの始まりを聖書によって語られたとき、そのときの信仰者たちは、バビロン捕囚の異教のなかで混沌を味わいながら、主のみ言葉への信頼を渇望していました。太陽を拝み、月を、星々を拝むなかで「すべての始まりは唯一の神である」との、光に等しい信仰の境地に達します。そうして光を与えてくださる救い主の到来を待ち望むようになっていきます。 

②「まことの光」イエス・キリストは光に新しい意味を与えた

ヨハネによる福音書は、まことの光としてこられた救い主イエス・キリストを証しします。いわくそれは「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」と。イエス様の到来によって、光は「言の内の命」、すなわちわたしたちの命を照らすみ言葉との新しい意味をもつようになりました。なるほど、たとえ目で光を捉えることがなくても、心のうちはみ言葉によって光に照らされ、心の混沌は、御言葉によって整えられていくではないですか!「目で見えるか見えないか」よりも心を神は、イエス様のみ言葉の光で照らしてくださいます。

③私たちは闇を恐れる。しかし闇も神が創られた。神はなぜ闇をお創りに?

それにしても、光と正反対の闇は恐ろしいものです。闇のなかで、希望の光を失い、光にかわるなにかを探して信頼し、あるいは罪が闇に隠れて、心に近づいてきます。なぜ、神様は光だけでなく、闇も創られたのでしょうか?神は闇も従えるお方、時として、わたしたちの信仰のために、見えぬところに存在を隠し、見ておられるときもあります。闇のなかで、真の光を祈り求める信仰に導くために。真の光がすでにみ言葉を通して与えられていることを知ったとき、闇は消え、混沌が整えられていくことを、わたしたちは体験してきます。とくに、光に満ちたるここ、礼拝において!み言葉の光に満ちあふれているのではないですか。やがて闇に行かねばならないときも、イエス・キリストの光は永遠の命に至る道を照らし続けます。新しい年も、礼拝のなかでまことの光に照らされる歩みをご一緒に喜んで歩んでいきましょう!


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