« 3月7日祈祷会 サムエル記上第16章 | トップページ | 4月1日説教のポイント »

3月25日説教のポイント

「子ろばがすすむ」

聖書 ヨハネによる福音書第1212-19

       伝道師 三輪恵愛

1.神の言の実現、「ホサナ!」と叫び続ける群衆の姿から

受難週の始まりの主の日「棕櫚の主日」を迎えました。これはイエス様が十字架に架かる週のはじめの日曜、群衆がなつめやし(棕櫚)をかざしてお迎えしたことによります。詩編118篇ならびにゼカリヤ書第9章の預言の成就として語られる「エルサレム入城」の出来事です。「ホサナ(今、わたしたちを救ってください!)」と叫び続ける群衆に、ろばの子に乗られるイエス様。福音書は旧約聖書に記されていることを引用しながら、長く約束されていたことが、その通りにこの日に起こったということを語ろうとしています。 

2.「死者のよみがえり」を問う前に、「イエスはキリストである」という真実

群衆はイエス様がエルサレムに来られると聞いて「ホサナ」と叫びました。それはエルサレムの近くの村ベタニヤで、ラザロをよみがえらせた(ヨハネ11章)ことを目撃し、あるいはその証しを聞いたからです。「死者のなかからよみがえらせる人」イエス・キリスト。わたしたちは繰り返し聖書から「死者のよみがえり」を聞き、イースターを毎年お祝いしながら、素直に信じることができない本音に戸惑います。それは信仰への疑いなのでしょうか。しかし今日、み言葉の中で群衆が言葉と行いで証ししていることはなんでしょうか。「ラザロをよみがえらせたイエスと言うお方は救い主、キリストとして迎えられた」という真実です。「イエスについて書かれたもの(16)」すなわち聖書が伝えようとしている福音の根本は、「イエスはキリスト、救い主である」ということなのです。

3.聖書が繰り返し語られるなかでキリストは証しされていく

「弟子たちは最初わからなかったが・・・思い出した」。真実は十字架と復活ののちに弟子たちに明らかにされました。「死者のよみがえり」という理解を超える出来事と現実のはざまで信仰はゆさぶられます。しかし聖書が繰り返し語り、思い出させようとしていることは、「イエスはキリスト、救い主である」という真実の証しです。そこから信仰がはじまり、イエス様についていくなかでさまざまな事柄の意味が明らかにされていきます。いきなり急所をつくのではなく、ゆっくりイエス様とともに歩んでいるうちに、やがて永遠の命へと導かれていくことでしょう。「世をあげてあの男についていった(19)」、ろばの子に乗るイエス様は、わたしたちの信仰の歩みにも合わせて、まなざしを低くして、ともに歩んでくださるお方です。

« 3月7日祈祷会 サムエル記上第16章 | トップページ | 4月1日説教のポイント »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 3月25日説教のポイント:

« 3月7日祈祷会 サムエル記上第16章 | トップページ | 4月1日説教のポイント »

フォト

カテゴリー

写真館

  • 201312hp_2
    多田牧師「今月の言葉」に掲載したアルバムです。(アルバム画面左上のブログ・アドレスをクリックしてブログに戻れます。)
無料ブログはココログ