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5月6日説教のポイント

「愛する友輩たちへ」

聖書 ヨハネによる福音書第159-17

       伝道師 三輪恵愛

1.「友のために命を捨てる」ことができるのでしょうか ・・・

選ばれて、従ってきた弟子たちにイエス様は「あなたがたを僕と呼ばず、友と呼ぶ」と語っておられます。喜びを感じる御言葉として聞き取りたいところです。ところが14節によれば、そこには条件があるかのようにも聞こえます。「わたしの命じることを行うならば」、それは12節と17節で繰り返される「互いに愛し合いなさい」との掟。そして、「友のために命を捨てること、これ以上の愛はない」とも言われます。聖書の愛が他者を大切にする「アガペー」であると言われることがあります。確かに、世には自己犠牲を厭うことなく、他者に仕える方々が多くおられることです。しかし、自分のことも大切にしたい正直な思いもあり、自己犠牲に二の足を踏むこともあるでしょう。「これ以上の愛はない」、すなわち「友のために命を捨てる」ことは、最高の愛であるとイエス様は言われます。十字架を前にして、御自分が示そうとしている愛こそ、最高であると語っておられます。

2.互いに愛し合うために必要な事、「父から聞いたことをあなたがたに知らせた」

しもべは主人が何を考え、何をしようとしているのか、知らされることなく従います。ところが、イエス様が友として選んだ人たちには「父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせた」と言われます。ここに、イエス・キリストによって選ばれた人たちが友と呼ばれる意味が示されています。キリストによって示された深く、高く、広い愛はわたしたちにとって分かりやすいものではないかもしれません。しかし人生を通して、神はすべての歩みを知っていてくださり、人生の意味を知らせてくださるお方だと言われるのです。わたしたちが神を知ろうとせず、人生の意味を知らずにいたときから、すでに神は愛する人を選び、礼拝へと招いておられました。それは、礼拝において御心のすべてを知らせるためだったのです。

3.キリストの最高の愛にとどまり、互いに愛し合う

礼拝において神の御心を知らされ、現実の生活において、意味が明らかにされていきます。神が選ばれた人たちが礼拝を形成するからこそ、わたしたちはキリストの愛にとどまり、明らかにされていく神の愛を知らされていきます。神が愛し、選ばれた人ですから、わたしたちも自分も含めて互いに大切にするべきでしょう。キリストがすでに最高の愛を示されたところにとどまっているのですから、わたしたちに相応しい交わりで良いのです。互いに理解し、支え合うわたしたちを、イエス様はたしかに友と、親しく呼んでくださっておられます。

 

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