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7月22日説教のポイント

「和解の最前線に立ち」

聖書 エレミヤ書第231-8

       伝道師 三輪恵愛

. 預言の構成「古い牧者への罰」「新しい牧者を立てる」「群れを集める」

エレミヤはたいへん厳しい時代を生きた預言者でした。国の滅亡を目撃します。神の御言葉をないがしろにする指導者たちは、羊の群れを追い散らすようにして、国の形を壊してしまいました。彼らは国だけではなく、神様との関係も損ねてしまいました。そこで預言はまず厳しく響きます。「あなたたちの悪い行いを罰する(2)」。しかし預言は厳しさだけでは終わりません。「彼らを牧する牧者を立てる(4)散らされた羊のために新しい牧者を立ててくださることを約束してくださいます。この牧者に導かれる国は「正義と恵みの業が行われ(5)るようになります。国の指導者が民を思わなくなったとき、国は乱れます。いつの時代にも言葉の確かさを失わない預言は、人々を「正義を恵みの業」を願う祈りへと導くものです。

. 再び集められる群れ「イスラエルの家の子孫(8)」とは何を示すのか?

78節によりますと、この新しい牧者によって導かれる群れは「イスラエルの家の子孫」なのだそうです。さて「再建された国イスラエル」が語られるとき、二つの極端な聞き取り方があることを思い出します。一つは1948年に再建されたイスラエル、つまり今のイスラエルとして受け取る人たち。はじめて聖書を読む方の中には、教会で「イスラエル」と語られることに驚く人もおられます。説明への配慮が求められるところです。それとは反対に「新しいイスラエル」=「キリスト教徒」と置き換えて考える人たちもいました。しかしこの考えが極まったとき、ユダヤの人達は激しい迫害へと追いやられました。双方ともに和解を導いていません。新約聖書はなんと語るでしょうか。イエス・キリストを中心とした群れ、すなわち教会が「新しいイスラエル」だと語ります(マタイ19:28、ルカ22:30、ガラテヤ6:14-16)

.神との和解を果たした教会にしかできない「正義と恵みの業」への派遣

「主は我が救い」と呼ばれる新しい牧者は、散らされた羊を一匹一匹探し求め、集めて群れにしてくださるお方です。たしかにそうして、わたしたちは教会に招かれました。幸いにも、神の言葉の御前にたち、イエス・キリストの十字架のゆえに正しい関係を回復することができたのです。今日、こうして集められ、神様との平和な関係にあることがなによりの証しです。和解の最前線に立つ教会にしか語れない言葉があります。いまも追い散らされている羊がいるのです。教会は遣わされて、これからの魂のために、かつてのエレミヤのごとく預かった神の言葉を今、語ります。まず人と人との和解のために祈りをささげ、そして神と人の和解が成るように、新しい牧者イエス・キリストは、わたしたちをみ言葉をもって導いてくださいます。

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