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10月14日説教のポイント

「御国を引き継ぐならば」

聖書 マルコによる福音書第1013-22 

伝道師 三輪恵愛

. 「このような」とはどのような?「金持ちの人」から見比べてみると・・・

「子供のように神の国を受け入れる人でなければ」とイエス様は言われます。「このような人たち」「子供のように」と言われ子供をイメージしますが、わたしたちが子供のように振る舞えばよいということなのでしょうか?子供たちのあと、イエス様に近づいたのは金持ちの人でした。彼は自分の救いを追い求め「善い先生」と呼びかけながら「善さ」に憧れています。しかし持てる物を手放すことが出来ず、去って行きました。聖書が語る「善さ」とは自分の功績ではなく、受け取るものです。この人は金持ちだったから掟を破ることなく、恵みのなかで生きてこれたのです。イエス様はそれをいったん手放して、イエス様に従いながら隣人と支え合って生きることを勧めました。しかし手放せない自分に悲しみながら立ち去る姿は「神の恵みはただ受け取るばかり」と説いているイエス様を受け入れることができずにいます。

. 神の国とは「受け入れることで入っていく」ところだと語るイエス様

自分の救いに一生懸命になり、「善さ」を追い求め、持っているものを手放せない金持ちの人。一方で、大人に連れてこられ、イエス様に祝福を受ける子供たち。彼らは何も持っていません。ただ一方的に恵みを受け取ることしかできません。連れて来てくれた大人を信頼し、またイエス様を信頼して近づいていき、抱き上げられることに任せています。相手が「善い先生」かどうかは彼らは考えていません。そして子供であるということだけで、弱いこと、小さいことを受け入れています。自らは恵みを受けるばかり、小さく弱い。しかし抱き上げてくださる方を信頼している。子供の姿に神の国を受け入れる様子を見出すようにと、イエス様は示されます。

3.「このような者たち」神の国を引き継ぐ世代、受け継ぐ世代

しかしそうは言っても、わたしたちはもう大人。子供の頃には戻れません。神の国を受け入れる在り方を子供に見出しながらも、わたしたちはさらにイエス様に近づく人たちを来させる側でもあるのでしょう。「神の国はこのような人たちのものである」と言われたイエス様のまなざしには、子供たちだけではなく新しい世代に神の国を引き継ごうとする人たちも含められています。弟子たちに叱られながらも子供たちをイエス様に来させた人たち。ここに、世代を超えて神の国を引き継がせようとする群れの営みを見出します。新しい信仰の仲間がわたしたちの群れに加わるとき、わたしたちもまた子供たちを来させたことでイエス様に従っているのです!

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