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10月7日説教のポイント

「涙も歌も、分かち合い」

聖書 ヨブ記第21-13 

伝道師 三輪恵愛

. なぜ神様とサタンが語り合っているのか?『天上会議』が意味すること

「彼をお前のいいようにするがよい(6)正しい人ヨブの苦しみが、神様に許しを得たサタンの仕業だったとは!「神の使いたちの集まり(1:天上会議)に、サタンも集まっています。ヨブほどの正しい人が試練に襲われるなら、まして普通の人などはどうなってしまうのでしょう?ヨブは「地上に彼ほどの者はいまい(3)と神様も誇りたいほどの信仰者でした。神に認められるほどに正しい人であったからこそ、ヨブ記を通して大切なことを伝えるために「彼は選ばれた」というより他ありません。またサタンも神の許しをいただかなければ何もできません。試練は無意味に、偶発的に起こるものではなく、すべてに神様の御心が隠されていることが示されています。

. 妻の嘆きとヨブの本音に聞こえる、信仰者と雖も隠せない心の悲嘆

「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう(9)冷たい物言いに聞こえます。「お前まで愚かなことを(10)しかしヨブと同様、彼の妻も息子、娘、財産、家を一夜にして失いました。彼女は「これらの試練は偶然おきたことで意味などない、世界は無為だ」と受け流して、すでに楽になっていたのかもしれません。「神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか(10)いくら立派な一言だからといって、真似できるものではなく、また真似することも、奨める必要もないでしょう。回復のためには本音を吐露しなければなりません。「唇をもって(10)心の中を打ち明けるのは、三人の友が到着してからになります。

3.遠くから見舞う三人。孤独を恐れる魂に近づき、傍にいてくださるのは・・・!

三人の友が遠くの国からお見舞いにかけつけました。「嘆きの声をあげ・・・七日七晩ヨブと共に」しかし「話しかけることもできなかった」この三人の姿は不甲斐ないものでしょうか。苦しみを見舞い、共に居たいと思う時、言葉を失うことのほうが多いことを覚えます。三人の姿がもっともわたしたちに近い姿のように思えます。それでも共に居続けたことで、ヨブは次第に心情を吐露し始めます。イエス様が孤独の十字架を背負われた時も、弟子たち、婦人たちは遠くから見ることしかできませんでした。「あの正しいお方が孤独に死ぬならばわたしたちなど・・・」そこに復活の主は近づき、共にいてくださったのです。むしろ初代の教会が父、子、聖霊の神の篤い『お見舞い』を受け、希望を語る群れとされていきました。言葉を語れなくとも寄り添い共にいる交わりのなかに、涙も歌も分かち合う場が生まれていくことでしょう。

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