« 3月13日祈祷会:列王記上第11章1-25節 | トップページ | 2019年3月24日主日礼拝説教 »

2019年3月17日主日礼拝説教


「御翼の蔭に安らう」


聖書 ルカによる福音書第13章31-35節 


伝道師 三輪恵愛


1.近寄るファリサイ派の真意は?イエス様を害するための欺瞞に満ちた企み


試みに「勧善懲悪」で福音書を読めば、イエス様が民衆を助ける「善玉」、ファリサイ派は民衆を罪人として裁く「悪玉」。ここでは悪玉のファリサイ派が「ヘロデがお命を狙っていますよ!」と、イエス様を心配しているかのよう。しかし本当はヘロデ(聖誕時のヘロデ大王の息子アンティパス)はイエス様を殺すつもりはありませんでした。(ルカ9:9、23:8参照)。ファリサイ派の真意は、ヘロデ領内からイエス様を追い出し、エルサレムで逮捕されるよう仕向けることだったのです。


2.ファリサイ派に切り返しながら、ご自身の確固たる目標を宣言される


彼らの嘘を見破った上で「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気を癒やし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。と語り、弱い人々のために指一本動かさないファリサイ派の欺瞞を批判します。さらに、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。と、ご自身が預言者としてエルサレムで神の言葉を語り、行ったうえで十字架にお架かりになる予告をされます。ファリサイ派が欺瞞に包んで脅そうとも、エルサレムはイエス・キリストがまなざしを向けている場所、「すべてを終える」ための目標でした。


3.「雌鳥が雛を守る」弱さに寄り添い、命をかける姿が守ってくださるもの


イエス・キリストが神の言葉を語り、行うことで徹底されたのは弱さを抱える人々の魂に寄り添い、時間をさき、命をかけて守ったこと。エルサレムに向かわれるお姿は、弱さのなかに貫かれる神の愛の強さを示します。「勧善懲悪」ならば、担いでいた十字架を振り回し、ファリサイ派たちも成敗されるところ。しかしこのお方は、神が命をかけて人を愛し抜く姿を貫かれるのです。雌鳥は命がけで、同じ地上に立って、弱いひな鳥を助けます。愛の行為をささげようとする姿に「無駄なのでは?失敗するのでは?命を失うのでは?」欺瞞の声が聞こえます。しかしイエス・キリストのエルサレムでのお姿が、ひな鳥のような神の愛への信頼を雌鳥が懐に抱いて命をかけて守るものなのです。今日も明日も、次の日も。

« 3月13日祈祷会:列王記上第11章1-25節 | トップページ | 2019年3月24日主日礼拝説教 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

フォト

カテゴリー

写真館

  • 201312hp_2
    多田牧師「今月の言葉」に掲載したアルバムです。(アルバム画面左上のブログ・アドレスをクリックしてブログに戻れます。)
無料ブログはココログ