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2019年7月24日祈祷会:列王記下第7章

 

アラムと幾度も戦を続ける北イスラエル王国は、前章で見たように侵入を防いで追い返すこともありましたが、たびたび大軍に攻め寄せられ、国土を蹂躙されてきました。前章に記されていたエリシャに導かれた小規模の部隊は、二度とイスラエルへ来ることはありませんでした。しかし、このたびアラムは、王ベン・ハダドの号令下、全軍を挙げて首都サマリアを包囲します(王下6:24)

 アラム全軍に包囲され逃亡もできない北イスラエル。しかもそこに飢饉が加わり、籠城する首都サマリアは深刻な食料難に陥りました。しかし城内にいたエリシャは、食糧難が解決するとの預言を語ります。果たして、エリシャの預言通りアラムの軍は敗走し、彼らが置いていった食料で飢饉は救われました。

1.「良い知らせの日」を伝えるために召し出される

イスラエルが救われることとなったきっかけは、アラムの軍の敗走でした。彼らは戦ったわけでもなく、恐れのあまり逃げ出します。聖書はこれを完全に主の勝利に帰しています。「主が戦車の音や軍馬の音や大軍の音をアラムの陣営に響き渡らせたため(6節)」、大軍の来襲を勝手に想像し、逃げ去っていきました。北に住むヘト人(ヒッタイト)と南のエジプトの名を出すところ、アラムは常に隣国との緊張状態に置かれていたようです。争いを好む性質は常に周囲の敵意を疑い、心が平和で満たされることはありません。

それにしても、人の手をまったく介さない主の御業によって、すでに北イスラエル王国は戦わずして勝利を得ていました。しかしそのことを国民は知る由もありません。そこに、このたび勝利の良き知らせを伝える役目を負うことになったのは、四人の重い皮膚病を患った人たちでした。彼らは当時、社会からも宗教的に汚れのある人と疎外されていました。町が飢饉に襲われるなか、社会的に弱い立場にある人達は一層過酷な状況に追い込まれます。悲観して「いずれ死ぬ身ならば」とアラムに身を委ねてしまったところ、死を運んできていたアラムは逃げ去り、そこには空っぽの陣営があるだけでした。

彼らは勝利に気づかず、まず貪ります。飢えと渇きを飲み食いで満たし、銀、金、衣服まで持ち去ります。ところが彼らは我に返ったように悔い改め、勝利を知らせる人たちに変わっていきます。「わたしたちはこのようなことをしていてはならない。この日は良い知らせの日だ。わたしたちが黙って朝日が昇るまで待っているなら、罰を受けるだろう。さあ行って、王家の人々に知らせよう(9節)」このたびの完全なる主の勝利は、普段は社会から虐げられ、悲しみに魂を砕かれた人たちによって確かめられました。そして彼らは勝利の喜ばしい知らせを伝えるものとされていきました。聖書では、主の喜ばしい知らせを最も先に聞く人は、立場が弱い人、虐げられた人、心低き人と繰り返し伝えます(マリアのマニフィカート、飼い葉桶を拝む羊飼い、復活の朝の女性たち)。弱さのなかに置かれ、心砕かれていた人たちが主の勝利と祝福の良き知らせ、福音を伝える人とされるとは、主が人を用いる姿は、いつも不思議に満ちています。

2.聖霊の働きの否みを強く戒められる主

しかし用心深いイスラエルの王は、良き知らせを聞いても信じられません。サマリア近辺だけでなくヨルダンまで人を送り確認させます(15節)。疑ったうえで、ようやくアラムの敗走を信じます。

サマリア包囲のために十分な食料を持参してきたアラムの陣営には、多くの糧食が残されていました。王は侍従を城門の管理に就かせました。これは略奪をする民を統制し、食料の流れを支配しようとしたことが考えられます。しかし哀れにもこの侍従は恵みに殺到する民に踏み潰されて死んでしまいます。神の人が2節で予告したとおりに、彼は恵みを見ることができませんでした。

それにしても、侍従が預言をないがしろにしたとは言え「命を落とすほどだろうか」と考えてしまいます。この侍従の神の人への答えはこうでした。「主が天に窓を造られたとしても、そんなことはなかろう(2,19節)」この「天の窓」という表現は、創世記第7章、方舟と大洪水の記事に遡ります。同章10節「天の窓がひらかれ」雨が降りはじめました。飢饉の原因である雨不足を解消するためには「天の窓」が開いて雨が降れば作物は育つことが暗にしめされています。しかし侍従は「主が天に窓を造られたとしても(救いは起きない)」という言い方をします。これは「主の御業があったとしても自分の救いになるとは思えない」というほどの神との断絶です。

時に深刻な苦難に見舞われたとき、願いを祈ることにも倦み疲れることはあります。しかしそれでも「もし主が救いを起こしてくだされば、きっと良くなることだろう」という期待を持ち続け、御心に委ねることはできます。それに比べたとき「たとえ主が起こしてくださっても、何もならない」という言葉は、もはや霊的な絶望です。

あたかも侍従には裁きが下ったかのようですが、霊による交わりを求める神との断絶については、イエス様も厳しく語られています。「人が犯す罪や冒瀆は、どんなものでも赦されるが、“霊”に対する冒瀆は赦されない。人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない(マタイ12:31,32)」これほどに語られるのは、聖霊との御言葉における交わりこそが救いの賜物だからです。どのような時にも、交わりを求められる聖霊のご臨在だけは否むことがないようにとのご配慮です。

3.キリストの勝利が恵みの価値の大転換を告げる

エリシャが預言した主の救いが、普段は共同体から排除されていた重い皮膚病を患っていた人たちによって告げ知らせられ、サマリアは救われました。ところでアラムの包囲と飢饉という二重の災厄に苦しんでいた頃、飢えた領民の間では「ろばの頭一つが銀八十シェケル、鳩の糞四分の一カブが五シェケル」の価値をもっていました(王下6:25)。普段は人を養うものではないもので、命をつないでいたのです。しかし死を運ぶものが逃げ去って、主の勝利が告知せられたところ「上等の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルで売られる」と、まっとうに人を養う恵みが行き届くようになったのです。

キリストが世に来られるまで、律法の裁きはただ人の命を暗く罪に縛るばかりでした。罪の贖いのために、繰り返し多額の動物の犠牲が捧げられながらも神のみ前に義とされることはなかったのです。しかし、キリストが死に勝利されたとの喜びの知らせが伝わったとき、わたしたちはただ受け取るばかりの赦しの恵みに与ることとなりました。「決して罪を除くことのできない同じいけにえを、繰り返して献げます。しかしキリストは、罪のために唯一のいけにえを献げて、永遠に神の右の座に(ヘブライ10:12)」着かれました。いまや天の窓を大きく開き、主との親しい交わりという溢れんばかりの恵みを与えてくださいます。価高い恵みが、功績無しに与えられるようになりました。主の勝利に気づいた人が、良い知らせを伝えるために新しい歩みへと導かれます。

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