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2019年8月14日祈祷会 列王記下第10章

 主なる神がエリヤにイエフの油注ぎを命じたのは列王記上第19章でのこと。「ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ(王上19:16)主は御心を顕すはるか前から、イエフを選ばれていました。新王イエフは、聴いた預言と自らの信仰に基づき、アハブの血をひく北と南の二人の王、ヨラムとアハズヤを倒します。本章では、さらに彼はアハブ王家とバアルの偶像礼拝に関わるすべてを根絶していました。ここに主の選びの目的とイエフの信仰の限界が明らかにされていきます。

1.務めに邁進する最中に、信仰の友を得る

 王となってからのイエフは間を置かず次の手を打ちます。アハブが遺した70人の子供(1~7節)、有力者、親友、祭司「皆打ち殺し、一人も残さなかった(11)さらには、サマリアに向かう途中で遭遇した42人のアハズヤ王の身内、そしてサマリアに戻ってからは「アハブの家のものをことごとく打ち殺し、一族を全滅させ(17)ます

 アハブ王家とこれに与するものたちを根絶やしにする姿には戦慄を覚えます。しかし緊張を感じる局面が続くなかで、信仰を分かち合う新しい出会いが生まれていました。レカブの子ヨナダブが道を急ぐイエフに迎えられます。「わたしの心があなたの心に対して誠実(ヤーシャール“まっすぐ”)であるように、あなたの心も誠実ですか」「そのとおりです(15)初対面でありながら、まるで既知の間柄のような言葉が出てくるところに、互いに同じものを求めていたことを予感させます。

 ヨナダブの出自ですが、先祖はケニ人で(歴代誌上2:55)、ケニ人はモーセの舅エトロの一族でもあり、カナンの地に入植した後も天幕のなかで過ごしました(士師記1:16)。荒野での仮住まいの生活を忘れず、主の恵みに立ち続けた彼らは、エレミヤの頃には父祖レカブの名をとって「レカブ人」と呼ばれています。敬虔な一族として、滅亡寸前の南ユダ王国と対比されます(エレミヤ35)。主の御前に敬虔なレカブ人の歩みを踏まえたうえで、イエフを出迎え「誠実に」挨拶を交わすヨナダブの姿。彼もイエフと同じく信仰を堅く守りながら、アハブ王家とバアルの偶像礼拝が一掃される日を待ち望んでいた人物であることがわかります。

 ヨナダブはイエフに同行し、バアルの祭司、預言者、神殿を絶つために協力します。その他の協力者(八十名の兵士、近衛兵、侍従など)もいたことから、バアル信仰の廃絶を願っていたのはイエフだけの願いではなかったことようです。また、イエフはバアル崇拝者とそうではない人々を区別するために、祭服を着させました(22)。バアル崇拝を否んでいた人たちを守る配慮が見られます。イエフの行動は激越ではありますが決して乱雑なものではなく、信仰における理解者、賛同者と共に起こされた行動でした。初対面のヨナダブと誠実な心を確かめあえたのも、主なる神への同じ信仰を分かち合っていたからこそだったのです。

2.偶像崇拝の恐ろしさを示すために

 ところで、アハブ王家とバアルを崇拝する者への徹底した根絶が目指すものは、バアル礼拝そのものの廃棄です。じつにエリヤの頃から、主なる神はバアルを崇拝する者たちを裁き、偶像は人間が作り出した幻であることを示し続けてきました。長い時間をかけてイエフを新王に選び、70人のアハブの子、42人のアハズヤの一族、バアルの祭司団と、多くの犠牲を払いながら、徹底してバアル礼拝を廃棄させたのは、それほど偶像を礼拝することが、人々を消し去り難い罪に陥れるものだったからでしょう。

北王国でバアル信仰が盛んになったのはアハブ、イゼベルの頃です。彼らはバアルを神として拝んでいるようではありますが、実はそこに真実の敬虔はありませんでした。むしろ彼らはバアル礼拝を利用して、偶像の預言者たちを支配下に置いていました。そして民衆たちは、王家に力があるとの偽りの信仰を持たされていました(列王上18)。また権力を持ったアハブとイゼベルは、民を治める王でありながら、一人の民がもつぶどう畑ですら命を奪って取り上げます。神が大切にされる平和、愛、憐れみは微塵もありません(列王上21)。そして、生き方を革める戒めの預言には耳をかさず、幸運を告げる預言のみを求めます(列王上22)

偶像崇拝の恐ろしさは、自らを神以上のものと考え、自己を革めることなく、隣人を大切にする愛を注げなくしてしまうことです。イエフの「情熱」を主がお用いになり、徹底してアハブ王家とバアル礼拝を根絶したのは、それほどに偶像崇拝がわたしたちの命にとって、恐ろしいものであることを示すためだったと言えます。

3.熱情を、一層の信仰理解に導く主の御業

 「このようにして、イエフはイスラエルからバアルを滅ぼし去った(28節)」後半生を締めくくる言葉と共に、彼の生涯は終わりを告げます。激しい生き方でしたが、主に召された務めを十分に果たした人でした。

 ところが、29,31節の言葉が新しい問いをなげかけます。「金の子牛を退けなかった」「しかしイエフは、心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に従って歩もうと努めず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を離れなかった」ヤロブアムがはじめた金の子牛崇拝を、イエフは続けたのです。あれほどまでにバアルを徹底して破壊した人が、なぜ金の子牛は拝み続けたのでしょうか。

 一つに、北イスラエル王国に生まれ育ったイエフにとって、礼拝は金の子牛を拝むものが全てだったことが考えられます。ヤロブアムは、民をエルサレムへ礼拝に行かせないために、聖所の証としてベテルとダンに金の子牛をおきました。その後に生を受けたイエフは、金の子牛以前の信仰の在り方を知りません。また王としても、ベテルとダンに礼拝する場所があれば、エルサレムまで行く必要もなく民を国内に留めておけます。国を治めるためにも、金の子牛は必要だったと言えます。

 イエフほどの熱情をもって主に仕えていたとしても、礼拝している対象と仕方への理解を革めることができませんでした。熱情が、ヤロブアム以前から伝わる御言葉に聴くことを妨げたかのようです。ここに「心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に従って歩む(31節)」ことへの大切さが示されているように思えます。

 熱心に福音を伝えた使徒たちは、互いに教え合いながら、信じているところを革めていきました。パウロに並ぶ伝道者アポロは「イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかったところ、プリスキラとアキラが「もっと正確に神の道を説明」しました。察するに聖霊の働きについて、アポロは理解を深めたのだと思われます。その後はさらに他の弟子たちを助け、宣教に励みます(使徒18:24-28)。アポロは自らの理解に傲慢にならず、プリスキラとアキラの説明に耳を傾けました。神の道の理解は、キリストの十字架による罪の赦しと救いの恵みに尽きます。主ご自身が、御子の犠牲を示しながら「あなたたちに罪はない(9節)」と宣言してくださる福音を知るとき、頑迷さもにわかに溶かされます。真実の熱心は「心を尽くして、主に従って歩むことに努める(31節)」ことに導いてくれるのです。

 

 

 

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