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2019年11月13日祈祷会 列王記下第21章

 

南ユダ王国のなかでも善王と評価されていたヒゼキヤ王。ところが彼の息子、そして孫と二代に続く王はどちらも「主の目に悪とされることを行った(220)王でした。とくに次代のマナセ王の所業は歴代の王たちのなかでも、罪深いものでした。父王ヒゼキヤが身も心も献げて仕え、復興させた神殿礼拝を汚し(7)、異教になびき(311)、民を惑わします(9)。あれほどのひたむきなヒゼキヤの信仰だったのに、次代に継続していません。

けれどもマナセ、アモンと続く悪王たちの時代を用いて、主は新しい信仰の在り方をも示されています。「どなたが命の主なのか」主の名を呼び、信仰の規範を知る救いの兆しも、この混沌とした時代を貫いています。

1.試練が過ぎ去り、御言葉を聞かない世代へ

 55年という最長の政権を維持したマナセ王はヒゼキヤの死後、12歳で王に即位しました。つまり彼が生を受けたのはヒゼキヤが15年の延命の恵みを受けた後です。あの時、アッシリアは手痛い敗北を喫し、センナケリブが暗殺されるなど混乱が続きました。マナセ王の治世は、しばらく北からの脅威が和らいだ時期に重なります。

「平和と繁栄」が到来したマナセの時代は、いわば「揺り戻し」の時代です。アッシリアの圧力が弱まり、試練は過ぎ去っていきました。主なる神さまに救いをひたむきに求める必要がなくなりました。そして、自分が恣に拝みたい物を拝む偶像礼拝が満ちていきます。

試練が過ぎ去ったと思えば、他の神々になびき、自らが神であるかのように振る舞う姿。かつての士師時代を彷彿とさせます。「バアルの祭壇を築き、アシェラ像を造った(3)と、ヒゼキヤが苦労した取り除いた偶像を、ふたたび持ち込みます。かつてアハブやイゼベルも権力の誇示のために偶像を建設しました。なにか巨大なもの、美しいものを建設することは、為政者の権力の誇示と見せかけの安寧の象徴でもあります。

さらに、「天の万象(3,5)への礼拝も行います。アッシリア帝国も「天体礼拝」を行っていたことから、大帝国へのへつらいと保身とも言えます。そして「自分の子を火の中に通らせ、占いやまじないを行い、口寄せや霊媒を用いる(6)と、これまで記されてきたありとあらゆる悪を重ねます。

ヒゼキヤが存命のときには、ひたむきに主に従っていた王国でした。そこには、たとえ苦しくとも、唯一の主に仕えるまことの命と平安がありました。慰めの御言葉が語られていました。人の目には苦難と思えることも「主の名を呼び求める」信仰へ導く尊い出来事だったのです。

ところが試練が去り、自らが神のように振る舞う指導者の世となりました。価値基準は相対的なものとなり、人々が気ままに神を選びます。自らの歩みを無為なものにする様子は、時代を超えて示される警告として響きます。「わたしはエルサレムとユダに災いをもたらす。これを聞く者は皆、両方の耳が鳴る(12)試練に耐え、神さまを愛する民には慰めに響く御言葉も、逆らう民の耳には破鐘のように鳴ります。どのように響こうとも神さまは、常に語るべき御言葉を語ろうとされます。

2.「主の名を置く」神殿がぬぐい去られる予告

 マナセが積み重ねる数々の悪行のなかでも、とくに神さまがまなざしを向けたところを記しています。「彼はまたアシェラの彫像を造り、神殿に置いた(7)ソロモン以来の主の神殿に、あろうことか異教の神々を持ち込むマナセ。そこで聖書は、この神殿を建てたソロモンと、神さまのあいだに交わされた語り合いについて目を向けさせます。「エルサレムに(とこしえに)名をおく(4、7節)二回繰り返される神さまの「名を置く」という言葉に、神殿という場所の意義が込められています。

 人を名によって呼び存在を与える神さまは、名を大切にされます。その御自身の存在を表す御名前を「神殿に置く」と言われました。人が礼拝をささげ、主の御言葉に聴く神殿は、まさしく神さまが臨在されるところ、「名を置くところ」だったのです。

 ところがそこに異教の神々が置かれます。マナセに「主の名を呼ぶ」信仰が見いだせないことを知った神さまは「エルサレムをぬぐい去る(13)と言われます。立派な神殿を建てたとしても、そこで名が呼ばれることがなければ、神殿もただの建物にすぎません。神殿が、やがては捕囚によって破壊されていくことが暗示されています。

3.「信仰の基準」御言葉を土台にして名を置く 

「マナセに惑わされて(9)導き手が変わったことで、ユダの住民の信仰も変節します。ヒゼキヤの時には共に試練に堪え、信仰を守った民でした。しかし試練が終わった時、民の次の世代も信仰を失ってしまいました。恣に神々を拝むなかで、なにを信じて歩むべきか、信仰の基準も失っていきます。55年の長期政権、一見平和な世と見えても、流血の堪えない時代が流れていきました(16)

救いの御業がまったく闇に隠されてしまったかのような時代に思えます。人々が生きるために聴き続けなければならない御言葉が語られません。主の名が置かれる場所もなくなりました。ならば、お怒りの主は、ただ「エルサレムをぬぐい去る」ばかりなのでしょうか。

どのような時にも救いの兆しは示されます。「ぬぐい去る」ために主が用いようとされているものがあります。「測り縄」と「下げ振り(13)です。地面を平坦にするときには、これで水平をとって、測り縄を張り、地面のでこぼこをならしていきました。そうして地面を平にし、しっかりした建物を建てるための土台を設けたのです。すなわち「基準」です。

ソロモンの建てた神殿は豪勢なものでした。それでもソロモンは謙遜にも「それでも主が住まわれるにはなおふさわしくありません」と、全能の主は全世界に満ちることをはっきり告白しました。そのとおり、神殿がぬぐい去られても、主の名を呼ぶ民がいるところに、神さまの臨在があります。そのために神さまは「基準」を用いられます。

使徒たちは「イエスの名」によって福音を語り、人々を救いました。「美しの門」で立ち上がれなくなっていた人に、ペトロはこう言います。「わたしに金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい(使徒3:6)神殿の内に入れず、立ち上がれなくなっていた人を「イエス」という名前が立たせたのです。

このときペトロには御言葉に打ち砕かれた土台がありました。御言葉の「測り縄」「下げ振り」で信仰の土台を平坦にされ、主の名がペトロ自身に置かれていたからこそ、慰めと新しい命のみ言葉を、イエス・キリストの名によって語ることができたのでした。

「測り縄」「下げ振り」と共に用いられる「測り竿(カーネ-:エゼ40:3)正典の語源ともなりました。主が語られる御言葉は、それを「信仰の基準(テルトゥリアヌス)」とし、わたしたちの信仰を土台にして、そこに見えざる神殿を建ててくださるのです。「聖書のみ」、主の御言葉がまことの信仰の基準です。土台を固め「主の名が置かれるところ」を建てあげてくださいます。

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