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2019年11月17日主日礼拝説教

 

テサロニケの信徒への手紙二第2章13-17節

説教『ここにある証し』 伝道師 三輪恵愛

あなたがたを聖なる者とする“霊”の力と、真理に対するあなたがたの信仰とによって、神はあなたがたを、救われるべき者の初穂としてお選びになったからです(34)」

.初穂、はじめての実り。でも自分の功績や、教え子の素直さを誇るのではなく

テサロニケの教会は、マケドニア地方でははじめて建てられた教会でした(使徒第17章)。そこでの初めてのキリストの信徒たち。「初穂」です。はじめて教えた人達が、その教えを守っている。教えた人たち(この手紙の著者)にしてみれば、喜びもひとしおだったでしょう。ところが、彼らは自分たちのことや、教えられた人達を誉めるのではなく、神さまに感謝し、神さまを讃えます。

. はじめから「聖なる者」などいない。偽善、不確かな愛を知らされていく

「なぜなら」と、その理由が2つ語られます。1つ目「聖なる者にする霊の力」。教会は「清らかな場所、正しい人達が集まる場所」という印象はあるかもしれません。しかし人ははじめから「聖なる者」ばかりの場所ではありません。すべての人は、はじめは神の聖なる正しさの前に、自分がとても聖なる者ではないことを痛感させられるのです。でも、それで良いのです!神さまは、人が真実の自分の姿を知るところから、すべてを始められます。

3.神さまが最後まで人を愛しぬく真理=イエスさまのお姿そのもの

2つ目、「真理に対するあなたがたの信仰」、真理は聖書が語るイエスさまの姿そのものです。それは神さまが、なにがあっても人を救い、最後まで愛しぬくという真理です。嘘、偽りのない、まことの愛です。偽善を知らされることに我慢がならない人達、「神の愛などいらない」と嘯いた人達はイエスさまを十字架にかけました。神さまはご自分のために、イエスさまを復活させられ「それでもあなたがたを愛する」と決定し、宣言されたのです。

初穂という言葉には、もう一つ大切な意味があります。「神さまにまっさきに献げる、その季節に初めてとれた極上の収穫」。不確かな愛で、愛そうとして傷つき、自らを責めてしまいそうなとき。「神さまの愛などいらない!自分で生きていく」と心を頑なにしてしまうとき。神さまは教会に愛する人を招くのです。極上の実りにするために。イエスさまのお姿を通して「あなたを愛しぬく」と宣言されます。この確かな神さまの愛の証が「エクレシア(招かれた人々)=教会」にはっきりと示されています。あなたこそ、「神さまが人を愛している」真理の証なのです。

【本文は説教要点の抜粋です。全文は音声をお聞きください】

 

 

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