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2019年12月29日主日礼拝説教

マタイによる福音書第2章13-18節 

説教『その涙は拭われん』 牧師 三輪恵愛

.クリスマスの喜びのかたわらに、悲しみの嘆きが響く

救い主イエス・キリストがお生まれになった喜びの土地、ベツレヘム。今でも降誕教会には多くの巡礼者、観光客が訪れます。しかしここは聖地とされながらも、嘆きの絶えない場所でした。それはキリストのお生まれの時も同じでした。親族を死に追いやるほどの権力者、ヘロデ大王の幼児虐殺の指令がベツレヘムにも、その近郊のラマにも下ります。いったい幾人の母親が嘆いたことでしょうか。ヨセフはみ言葉に従い、家族をエジプトに逃がすことができました。それほどイエスさまは、お生まれの時から命の危険にさらされていたことを知らされます。

2.小さなヘロデがたくさん住む地上に、嘆きはなくなることがない

ヘロデ大王はローマ帝国も一目を置くほどの狡猾な王でした。それは自分の王としての地位を守るための猜疑心に裏打ちされたものです。賢明な東方の学者たちはヘロデを相手にしません。けれども自尊心を傷つけられ、新しい王の到来に恐れる王の猜疑心が幼子を死に追いやります。彼は大王、権力者。その心に巣くう欲望の暗黒。すべての人が、空恐ろしい人間の本質をヘロデに見出すのではないでしょうか。小さなヘロデがわたしたちの心を支配しようとする限り、この地上から、嘆きの地ラマは無くならないのです。

3.「悲しみの涙は必ず拭われる」預言の成就が見つめ、示しているところへ

わたしたちを戸惑わせるのは、エレミヤの預言が幼児虐殺を「実現」と言っているところです。こんな悲しい出来事が預言されてよいのでしょうか。けれども幼児たちの命が、父なる神さまの御手のうちに捉えられていることを、わたしたちは忘れてはなりません。この幼児たちも召されたのです。この地上には「キリスト以外の慰めなどは決してない」という真実を示すために。わたしたちはラマに住んでいるのです。ヘロデがたくさん住んでいるところに住んでいるのです。信仰がなければ、ただ嘆くよりほかない土地です。クリスマスの光に隠された闇に、いまだ住んでいるのです。「聖家族のエジプト降り」は、父なる神さまがイエスさまの命を召されるのは「まだこの時ではない」と御心を示されるためでした。「目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報われる(エレミヤ31:16)預言は、エジプトから呼び戻され、十字架への歩みを始める幼子イエスさまの来るべき日を指し示します。人の罪を全て贖い、わたしたちの涙をぬぐってくださる、その日を。

【本文は説教要点の抜粋です。全文は音声をお聞きください】

 

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