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2019年12月1日主日礼拝説教

ローマの信徒への手紙第13章11-14節

説教『夜は更けゆく』 牧師 三輪恵愛

.時の終わりは、イエスさまを信じる信仰を与えられた人には恐ろしくない

時には、始まりがあり、終わりがあります。その流れが繰り返したり、戻ったりすることは絶対にありません。繰り返しのように思えても、同じではないのです。パウロは神さまが進められる時の在り方をしっかりと弁えています。そのうえでローマの教会の人たちにも、時が進んでいることを気づかせます。「わたしたちが信仰に入ったときよりも救いは近づいている」。ただ終わりを待つばかりならば、なんと虚しい時の流れ。けれどもイエスさまの救いを信じる人にとっては、時の流れは、夜が更けて明るい日が訪れるように、救いの希望の近づきなのです。

.確かな信仰の歩みを願いながらも、か弱きところを闇に隠したくなることも

ではこの教会の人々は、希望を強く抱いて、立派な歩みをしていたのでしょうか。いいえ、「酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみ」に悩み、悲しむこともあったのです。わたしたちは知っています。信仰が弱まり、緩み、弛み、罪に付け込まれてしまうことを。わたしたちも、なんど敗北を味わったでしょうか。でもそれは、信仰をもって戦い、長く歩んできた証です。闇のなかを歩むように、不確かな人生を歩まなければならない時もあります。そのなかで、自分ではどうしても満たせないものを、隠しながら、自分自身で満たそうとしてしまうものなのです。

3.満たされないところを隠さずに、光に照らされ、守られる歩みへ!

パウロは自らの経験から語ります。救いが近づくにつれて、隠したいところにこそ神さまが光を当ててくださることを。欠けを隠し、自分で満たそうとしても、満たされることはありません。自分で満たそうとする以上、欠けはいつまでも残り続けます。神さまはそこを光で照らします。欠けを覆い守るために、光の武具を与えてくださるのです。いちばん弱いところ、隠したくなるとこを光で照らす主は「もうわたしの前に隠さなくてもよい、そこにイエス・キリストをまといなさい」と言ってくださいます。信仰の旅路の途上、衣の緩みは必ず出てきます。敵が強ければ強いほど帯も弛みます。だから光に照らされているところで、気づいたならばまた身にまといなおせばよいのです。さあイエスさまを身にまとい、帯をしめなおして!闇は光に勝てません。夜は更け、光の時が近づいています。

【本文は説教要点の抜粋です。全文は音声をお聞きください】

 

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