« 2020年1月22日祈祷会(歴代誌上第15章) | トップページ | 2020年1月29日祈祷会(歴代誌上第16章) »

2020年1月26日主日礼拝説教

 

マタイによる福音書第4章12-17節 

説教『陰りの地に光射す』 牧師 三輪恵愛

.洗礼者ヨハネの逮捕と死。迫害は天の国の近づきを、むしろ裏打ちする

「悔い改めよ、天の国は近づいた」大勢の人に洗礼を授け、新しい生き方へ導いていたヨハネの叫び声は、偽善の宗教家(マタ3:7)のみならず、乱れた私生活を隠す政治家たちの耳にも及びます(マタ14章)。やがてガリラヤの領主ヘロデ・アンティパス(大王の息子)に捕らわれるヨハネ。敵対者たちの姿が、むしろ彼の言葉の真実さを裏打ちします。天の国の近づきに「国境」はないのです。ヨハネの叫びは生のすべての領域が神さまの御手のうちに置かれることを布告するものでした。

2.ガリラヤへと「退かれる」イエスさま。今こそ、救い主の登場なのでは!?

ヨハネは「わたしの後から優れた方が来られる」と予告していました。いまやその方が登場される時が整ったはず。ところがイエスさまの歩みは、期待通りのものではありません。ヨハネ逮捕の知らせを聞いて「退かれ」、故郷ナザレを離れてガリラヤの北東岸の町カファルナウムへ。ヨハネよりも優れた方のはずなのに「退かれる」。イエスさまのお姿に問いかけたくなります。「ヨハネの後を継いで勇猛果敢に世の罪、悪を戦うのでは?そのための受洗と荒れ野の誘惑(マタ4章)だったのでは?」まさかこれは、迫害を恐れた救い主のあとずさりなのでしょうか。

3.「天の国はここにあり!」光よりの光、主が来られるところに光、射し込む

福音書はすかさず、救い主を待ち焦がれたイザヤの預言を思い起こします。「光は異邦人のガリラヤに射し込むのだ!(イザ8章参照)。イエスさまのガリラヤへの「退き」は預言の成就でもありました。それはヨハネが予告していた「天の国の近づき」が、救いから除外されていた異邦人の地から、すべての領域に向けて始まる旗揚げの時です。「悔い改めよ!」叫び声を聞いてヨルダン川に集まった人々は、まだ天の国への憧れを抱く人たちでした。自ら向き直れた人たちでもあったのです。一方「異邦人」は天の国への憧れも持てず、自らが救われる出来事にすら希望を持てなかった人たち。「天の国が近づく?まさか!わたしの住むところは光も射すことがないところさ」。いいえ、イエス・キリストが向かうところは、光も射す込むことがない土地。自ら異邦の国境線を引いて「ここからはわたしの住むところ」と落ち着いてしまった陰りの地。けれども神の光であるこの方は、ご自身そのものが天の国の近づきなのです。「罪の陰におびえる生き方は、もうしなくてよい」。陰りの地すらも天の国に加えるために、光の主はそこに来られます。

【本文は説教要点の抜粋です。全文は音声をお聞きください】

 

« 2020年1月22日祈祷会(歴代誌上第15章) | トップページ | 2020年1月29日祈祷会(歴代誌上第16章) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2020年1月22日祈祷会(歴代誌上第15章) | トップページ | 2020年1月29日祈祷会(歴代誌上第16章) »

フォト

カテゴリー

写真館

  • 201312hp_2
    多田牧師「今月の言葉」に掲載したアルバムです。(アルバム画面左上のブログ・アドレスをクリックしてブログに戻れます。)
無料ブログはココログ