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2020年2月16日主日礼拝説教

 

マタイによる福音書第5章21-26節 

説教『献げ尽くされる時』 牧師 三輪恵愛

. よく聞けば、モーセの十戒以上のことを言われるイエスさまの厳しさ

イエスさまは、ユダヤの掟を守れずに責められていた人たちを、守るお方でした。だから律法学者やファリサイ派としばしば対立したわけです。では、このお方のみ言葉は、そういった律法の専門家よりも優しいものかと言えば、そうとも言えません。むしろ厳しいとすら思えることを言われます。「しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てるものは誰でも・・・(22)モーセの十戒の第五戒「あなたは殺してはならない」以上のこと、つまり心の中であっても、相手を傷つけ、否むことを言ってはならない、と言われるのです。

2.人を殺める恐ろしさの源に、小さくとも「相手の存在を否定する」心があり

弟子たちは、はっと気づかされたでしょう。おおよそ心の中で人を傷つけ、否み、呪うことを考える、あるいは言葉にする、というところまで含めれば、誰しもその罪からは逃れることができないはずだからです。それでも、イエスさまは「最高法院につれていかれる、火の地獄に投げ込まれる」と厳しいことを言われるのです。けれどもそれは、「人が人を殺めることになる根源には、相手の存在の否定がある」という真理を示しているのではないでしょうか。たとえ実行しなかったとしても、言葉にせずとも、心の中で相手の存在を否定するならば、つまり「この人は、わたしにとっていなくていい」と思えば、それは人を殺める始まりだと、イエスさまは戒めておられるのです。

3.すべてを支払いきってくださった方が、和解が果たせない牢から解放する

じつに厳しいことを言われます。果たしてこの戒めを守り切ることができるのでしょうか。「早く和解しなさい。さもないと・・・牢に投げ込まれるにちがいない。最後の1クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない(25,26)出来うるならば果たしたい和解です。けれどもわたしたちは無力を知るかもしれません。いったい誰がわたしたちに代わって、牢から出るために支払ってくれるのでしょうか。イエスさまがこれほどまでに厳しいみ言葉を語られるのは、教会を世界に先立つ和解の現場とさだめられたから。仲たがいを重ねる悲しい世のために牢につながり、ご自分を献げつくしてくださった方がまず、わたしたちと神さまの和解を果してくださいました。その救いに与り、教会は他者を受け入れる和解の道を歩むのです。



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