« 2020年2月16日主日礼拝説教 | トップページ | 2020年2月26日祈祷会(歴代誌上第21章) »

2020年2月23日主日礼拝説教

マタイによる福音書第6章25-34節 

説教『花よりもなお美しく』 牧師 三輪恵愛

.「思い悩む、患う」ことで命を損ねてはならない、と強く命じるイエスさま

人生を思い悩むことについては、昔も今も変わりはなかったでしょう。イエスさまに従っていた弟子たちも、命のことで思い悩むことがたくさんあったと思うのです。山の上で教えを説かれるイエスさまの足元には美しい花や緑の草が生え、澄み渡った空には、鳥が可愛く鳴きながら飛んでいたかもしれません。けれども、イエスさまが弟子たちに語りかける言葉は優しいものではなかったのです。「思い悩むな(25節・口語訳:思い煩うな)との響きには、明白な命令の意思が込められているのです。イエスさまは「あなたがたの命を、患わせてはならない。神の子としての命の健やかさを失ってはならない」と、命じておられるのです。

2.生きる時の最大の悩みは「食べていくこと、尊厳を保つこと」なのですが・・

では何について思い悩むことを禁じておられるのでしょう。「何を食べるか、何を着るか」。けれども「衣食足りて礼節を知る」という格言も知っているわたしたちは「食べていくこと」は生きていくことだと思いますし、「着ること」とは、身なりを良くすること、つまり尊厳に関わることだと感じます。そのどちらも「思い悩むな」と言われるイエスさま。生きていくことも尊厳を保つことも大切なことのはず。むしろ、人生、この両方を悩まずして、なにを悩むというのでしょう。

3.人として預かった命を誠実に生きる時、花にもまさる美しさが咲き誇る

そこで「空の鳥をみなさい、野の花をみなさい」と言われるイエスさま。バードウォッチングやガーデニングを楽しむわたしたちには、与えられた命を「ただ生きるだけ」の鳥や花の一生懸命さ、ひたむきさに胸を打たれ、癒やされます。なぜならば、生きるための計らいをたくさん段取りしながら、心のどこかでは「これでいいのかな?」と疑問を感じているのかもしれないからです。だからイエスさまは言われます。「その日の苦労は、その日だけで十分である(34)わたしたち、神さまに人として生きるように預けられた命を一生懸命に、ひたむきに生きる時、それは一日一日の負うべきものを、ごまかさずに、誠実に生きることです。そこに人間として生きるからこそ、神さまが装ってくださる命の美しさがあるのです。負うべきものを負いきって生きる姿を、「ましてあなたがたはなおさらのことではないか」、花よりもなお美しい命がここに咲いていると、イエスさまは愛でてくださるのです。

 

« 2020年2月16日主日礼拝説教 | トップページ | 2020年2月26日祈祷会(歴代誌上第21章) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2020年2月16日主日礼拝説教 | トップページ | 2020年2月26日祈祷会(歴代誌上第21章) »

フォト

カテゴリー

写真館

  • 201312hp_2
    多田牧師「今月の言葉」に掲載したアルバムです。(アルバム画面左上のブログ・アドレスをクリックしてブログに戻れます。)
無料ブログはココログ