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2020年3月22日主日礼拝説教

マタイによる福音書第16章21-27節 

このときから、イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」イエスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来るが、そのとき、それぞれの行いに応じて報いるのである。

説教『御心、輝ける命に』 牧師 三輪恵愛

わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(24)


.命を祝福される天の神さまなのに、イエスさまが目指すところは・・・

かけがえのない、たった一つの命です。わたしたちは与えられた命を大切にして生きていきたいのです。なによりも天の神さまが「産めよ、増えよ、地に満ちよ(創世1:28)と祝福してくださいました。それなのに、イエスさまは恐ろしいことを言われます。「長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺される(21)。しかも「ことになっている」と、それは天の父なる神さまの御心だというのです。命を大切にしてくださる神さまが、なぜ・・・。

2.イエスさまを心配するペトロのどこに落ち度があるというのだろう

「あなたはメシア、生ける神の子です(16)とついさっき告白し「あなたは幸いだ(17)と祝福されたペトロなどは、とくに我慢がならなかったでしょう。「救い主であるあなたが殺されるなどとんでもない!あなたがまず神さまに守られ、祝福されなければ、だれがついていくんですか!」そういって、イエスさまをわきへ退けます。ところが「サタン、引き下がれ、邪魔をするな(23)と言われるイエスさま。イエスさまの命を心配するペトロのどこに「サタン」と言われるほどの落ち度があるのでしょう。

3.「自分の十字架」を背負って従う人に、神さまは命を与えてくださる!

「神のことを思わず、人のことを思っている(23)」、つまりペトロは「人間中心」なのです。「わたしが『多くの苦しみを受けて殺される』ことは、天の父なる神様の御心。わたしはそれを受け、従うのだから邪魔をしてならない」と言われるイエスさま。さらに「わたしについて来たいものは、自分を捨て、自分の十字架を背負いなさい」と言われます。なんと難しいことでしょう。けれどもこうも言われます。「わたしのために命を失う者は、それを得る(25)“わたしのために”つまり苦しみを受ける救い主を唯一の主と仰ぎ、苦しみながらも、信仰の告白に生きるならば、あなたは命を得る、と言ってくださるのです。「決して命を失ったままにはしない」そう約束してくださいます。イエス・キリストが唯一の主であると伝えるとき、苦しみは必ず生じます。けれどもその苦しみをまずイエスさまご自身が負われました。それぞれの「自分の十字架」が示されています。これを負いながら「苦しむ救い主こそわが主」との告白に生きるとき、復活の命を約束してくださるイエスさまのお背中が見えてくるのです。

 

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