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2020年3月18日祈祷会(歴代誌上第28章)

 

ダビデからソロモンへと、王位が継承されていくなか、神殿の建設事業もまた、父から子へと引き継がれていきます。神殿を建てる場所(歴上22:1)、資材と人員(同2-16節)、礼拝を捧げる人たちの編成(23-27章)と、必要なものが次々とダビデの号令一下、整えられてきます。

ただ、このダビデの準備はあまりにも行き届いているようにも思えます。ソロモンは場所、資材、人員だけでなく設計図まで、苦労せずにすべて揃ったところから建設を始めることができるのです。「(律法に)父親は、子の教育に責任を持つことが定められている(S・サフライ『総説ユダヤ人の歴史)」。ユダヤ人は教育熱心な民族だと言われます。聖書にも「若者の心には無知がつきもの。これを遠ざけるのは諭しの鞭(箴言22:15)」「鞭打っても死ぬことはない。鞭打てば、彼の魂を陰府(よみ)から救うことになる(同23:13,14)」と記されます。果たしてダビデは、ソロモンに苦労をかけてたくないがために、これほどの準備をするのでしょうか。

1.繰り返される「神の選び」がソロモンを招く

場所と資材と人員が揃ったいま、ダビデは最後に神殿の設計図(11,18)を手渡します。ただしダビデは、ソロモンにだけ手渡すのではなく「イスラエルの長たる者をすべてエルサレムに召集(1節)」してから手渡します。そして、彼らのまえで改めて「神殿を建てるのは自分ではなくソロモンである」と、立ち上がって会衆に語ります。

聖書の読者にとっては「神殿を建設するのはダビデではなくソロモンである」ことが神さまの御心だと知らされるのは、これで三回目です。一回目はナタンの預言によって(17:4)、二回目はソロモンへの諭しのなかで(22:8)触れられていました。一回目、二回目と異なることは、今回は責任のある長たちの前で語られていることです。

「わたしの兄弟たち、わたしの民よ、聞け。わたしは・・・神殿を建てる志を抱き、その建築のために準備を進めてきた。しかし神はわたしに言われた。『・・・あなたがわたしの名のために神殿を築くことは許されない(2-3節)』と、神殿を建設するのがソロモンだと広く示します。すでに準備に入ってから相応の時が経っているわけですから(23-27章)、集められた民は「神殿建設はダビデ王様はなさらず、ソロモン王子様がするらしい」と予感はしていたでしょう。ただ、ここでダビデが彼らに何度も強調することは、神殿建設の務めがソロモンに継承されるのは、すべて神さまの選びによるものだということです。

「主はわたしを選び(4節)」「主はユダを指導者として選び(同)」「ユダのなかからわたしを選び(同)」「主は・・・その中からわが子ソロモンを選び(5節)」「わたし(主)は自分のために彼(ソロモン)を選び(6節)」と、何度も「選び(バハール)」という言葉を繰り返します。

「選び」という言葉を聞いたとき、このみ言葉を思い出す信仰者は多いでしょう。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ(ヨハネ15:16)」。「信じる対象は人間の決断による」と思われることの多い世にあって、「神さまからの選びによって、救い主イエス・キリストと出会うことができた」という揺るぎない真実は、わたしたちの信仰の土台です。自己実現や、宿願の達成は、時に人間の華々しさの証になります。けれども、わたしたちの限りのある地上の歩みにおいて、決してすべてが許されているわけではありません。時には、どれほどの熱意をもって進めてきても、夢を、野望を、熱情を手放さなければならないときもあります。その時、すべてにおいて主が先立っておられ、すべてのことは主のみ言葉に聞き従ったからこそ実現するという真理を知ったとき、どれほど人間中心的な努力や無念から解放されることでしょうか。

ダビデは熱情をもって神殿建設を志し、準備を進めてきました。多くの試練、苦しみ、悩みもあったはずです。けれどもすべてにおいて「主の選びが先立つ」と信じ、繰り返すダビデは、ソロモンが選ばれたことを受け入れ、その通りに宣言するのです。また「主の選び」をイスラエルの会衆の前でも明らかにすることにより、神さまをまことの主として礼拝する場所に相応しい事業が今、ここに起こされることを示したのです。

2.霊を受けて記された神さまのご計画

主の選びによって建築事業の任に立てられたソロモン。何歳だったのかは明らかではありませんが、「若く弱い(22:5)」王子だったことは確かです。「本当にわたしは自分の父の後を継いで、神さまのために仕えることができるだろうか」、不安に思うこともあったかもしれません。

そこで父ダビデは、設計図まで用意します。そのこまごまとした指示を聞く限り、たしかに設計図がなければ建てることはかなわない、荘厳な神殿の建築計画が伺えます。とにかく金と銀をふんだんに使っています。ソロモンの第一神殿は今日に至っても発見されていませんが、もしこの設計図通りに作ったとすれば、目も開けられないほどの輝きに満ちていたことでしょう。

けれども、このまばゆい輝きも、ただ厳かさに目を奪われるばかりでは、材料の分量、用途、実際に用いる仕方は伝わってはいきません。うわべの厳かさばかりが重く感じられ、神殿の本当の存在意義、「神さまを礼拝する民が建て上げられるところ」が伝わりません。

み言葉には、ダビデがこの設計図をどのように描くことができたかが語られています。「彼はまた、霊(ルーアッハ)を受けて考えたあらゆるものの設計図を手渡した(12節)」。それは天地創造の時に混沌を覆っていた神の霊(創1:2)、預言者に良い知らせを語らせる主なる神の霊(イザ61:1)です。ダビデはソロモンに「計画された全貌を理解させてくださる(19節)」と保証します。ダビデは「霊を受けて神さまの遠大なる計画を記した。その設計図を読み取り、礼拝に仕えるために、ソロモンよ、お前は選ばれたのだ」と諭しているのです。

3.選んでくださった神さまに信頼して

神さまの選びとは、すなわち神さまが「あなたをわたしのものとする」という、神の民としての新しい創造であり、礼拝への喜ばしい招きです。パウロは弟子のテモテを伝道に遣わすにあたり、こう諭しました。「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です(二テモ3:16)」。霊によって記された、いわば救いの「設計図」、聖書を紐解くとき、先立つのはやはり主の選びです。

若者が信仰を持ってくれたらどれほど嬉しいでしょうか。それは、わたしたちもまた神さまのものとされたことが嬉しいから、確信をもって勧めることができるものです。「わたしの神、神なる主はあなたと共にいて、決してあなたを離れず、捨て置か(20節)」ないお方であることを伝える時、先立つのは選びです。ですから目の前にいる若者が、神さまによって選ばれているという真実に立って祈り、語り掛けます。「君はもう神に選ばれているのだから、イエスさまと共に一緒に歩もう」。その諭しの言葉を、若者は待っています

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