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2020年8月5日祈祷会(歴代誌下第9章)

ソロモンの晩年に至りました。知恵あり、富あり、権力あり、何一つ不自由がありません。列王記ではソロモンの晩年に信仰のつまずきがあったと説いていましたが、歴代誌はそのことにも触れていません。これは神殿建設を成し遂げたソロモンを高評価している証と言われています。

それにしても、これほどのソロモンの栄華を示されますと、多くの信仰者はなにも持っていないことに気づかされます。まるでおとぎ話に出てくるようなソロモン王様の姿に、わたしたちの今の姿、とくに困難のなかにある教会との接点をなかなか見出せないのです。

では視点を変えてみることにいたしましょう。ソロモンの偉大さを見つめるのではなく、彼を用いた神さまが今の教会、つまりソロモンには及ばないわたしたちを用いておられるのはなぜか、という視点です。

1.賢明な為政者、シェバの女王の来訪

ソロモンの知恵をもっともよく伝えるのは、シェバの女王の来訪です。アラビアの南端から来たこの女王は「ソロモンを試すため」というので、相当、学問を予習してきたのでしょう。23節に「世界のすべての王がソロモンに拝謁を求めた」とありますが、王たちの中で、きちんと予習して、自分の才覚でソロモンの知恵を確かめた彼女は見事です。そこには噂をうのみにしない賢明さがあります。自分で確かめて信じた彼女は、自律している点で立派です。

残念ながらソロモンにすべての問いを論破された女王。それだけはなくソロモンに侍る人たちにも醸し出される雰囲気にまで圧倒されます。「息も止まるような思い(4節)」は、直訳すれば「彼女のなかに魂がなくなった」というほどの意味。魂がすっ飛ぶほど驚いたのです。

彼女の驚きから示されることは、ソロモンの知恵が個人的な知恵にとどまらず、臣下や民をも感化し、全体として成熟した国家(共同体)となっていたことを示します。為政者は国家を良い方向に感化する務めも担います。自分に与えられた知恵、知識、識見を占有し、傲慢にふるまうのではなく、民と分かち合うために、民に仕えることで全体の進歩を促し、共同体の秩序を堅固に積み上げる、重要な役割を任されているのです。

昨今の為政者には残念な思いが隠せません。民の嘆息を集めてばかりです。新しい病の蔓延を止めるばかりではなく、災害への対応、外交問題、課題は山積なのに、安易なポピュリズムと資本主義がもたらす既得権益の保全に明け暮れ、朝三暮四を繰り返しています。こんな小さな振る舞いに感化される民がいるでしょうか。しかるべき地位と権力を委託されながら、民を良い方向に導けない為政者は、それだけで責任を問われます。

その点、ソロモンは為政者としての鑑です。そこに気づいたシェバの女王も堅実な為政者です。彼らに導かれる民も大いに感化を受けたでしょう。

2.世の模範として用いられる共同体

次にソロモンのもとにもたらされたのは、多大な富です。神殿建設のときも黄金が集中的に用いられましたが、ここでも同じです。金の集まり方は銀が価値をなくすほどの勢いです。財ばかりではなく、あらゆる国の王たちも集まります。シェバの女王のように、ソロモンの治世が世界の模範となったということです。正しい秩序によって治められている共同体は、世にたいして模範を示す務めも与えられているのですね。

ところで13節に暗示的な数字「666」とあります。黙示録(13:18)では「獣の数字」でありながら「(ある特定の)人間を指している」と言われます。もともとヘブライ世界では人間を意味していました。つまりこの暗示は、これほどの収入を得られたソロモンの治世は、人が良く治められていた世でもあったということにもなるのです。人が平和に暮らすことができる世には確かな秩序があります。その秩序は神さまがソロモンに与えた賜物によるものだから、神さまに由来する秩序が確かにされていたということでもあるのです。

神さまが与えてくださる賜物を正しく用いる点では、教会も秩序を保つ群れとして世に模範を示すことをゆだねられています。「兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。また、あなたがたと同じように、わたしたちを模範として歩んでいる人々に目を向けなさい(フィリピ3:17)」神さまに従うという意味での秩序の模範を示すことも、キリストの体なる教会の大切な使命なのです。

3.教会に与えられている金銀以上のもの

ソロモンの晩年を、敢えて好意的に見てきました。非の打ちどころがありません。ほころびを見出したいがために、ソロモンの歳入がイスラエルに拝金主義をもたらしたとか、28節が申命記17:16に反していることに注目する読み方もあります。たしかに列王記上第10章からはそう読み取れるかもしれません。でも、歴代誌の筆致に沿うならば、この堂々たる晩年のどこに、わたしたちは接点を見出せばよいのでしょうか。そこで先ほどの視点です。ソロモンを用いた神さまが今の教会、わたしたちをどのように用いておられるか、です。

いまいちど、シェバの女王を見てみましょう。彼女のソロモンへの賛辞、最後を飾る言葉はこうでした。「あなたを王位につけられたあなたの神、主はたたえられますように。あなたの神はイスラエルを愛して、とこしてに続くものとし、あなたをその上に王として立て、公正と正義を行わせられるからです(8節)」

女王はソロモンのうえに神の姿を見出して、讃美しています。ソロモンにすべてを与えたもうた神の御業に圧倒されたのですね。神さまあっての公正と正義の実現であると信仰的に理解したのです。多くの問いを準備して女王が見極めようとしていたものは、神さまの召命にしたがって、賜物を正しく用いているソロモンの信仰だったということなのです。

福音書で、イエスさまはこのシェバの女王を絶賛しています。「南の国の女王は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるだろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てからきたからである。ここに、ソロモンにまさるものがある(マタイ12:42)」ソロモンに会いに来た彼女の謙虚さを「今の時代の者たち」である教会が見習うようにとイエスさまは言われるのです。

女王は金銀の値を超えた神さまのご栄光を讃えました。この方の裁きによって罪びとが赦され、群れとして建て上げられていく。そのみ言葉に聴き従いなさい、ということです。だから、イエスさまの賛辞を聴いたペトロは後年、こう宣言しました。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい(使徒3:6)」

教会には、ソロモンのような莫大な金や銀がなくても、イエス・キリストの名が与えられているので、なにも案じることはありません。この名によって神さまの正しき裁きと赦しをいただき、立ち上がるみ言葉に喜べばよいのです。そこに、神の国の秩序は堅く建てられていくのですから。

 

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