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2020年12月16日祈祷会(歴代誌下第27章)

歴代誌下第27章

9節からなる第27章は歴代誌下のなかでも、もっとも短い章です。ヨタムという王の事績を記します。短いので、歴代誌下の王たちのなかでは重要ではない人のように感じます。しかし2節に読み流すことのできないことが書いてあります。「彼は、父ウジヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。ただ主の神殿に入ることだけはしなかった。民は依然として堕落していた」神さまのまなざしに「正しい王」であることは間違いないようです。けれども「主の神殿に入らない」「民は依然として堕落していた」と書かれます。これはどういう意味なのだろうかと思わされます。

1.王家の一人として責任を引き受けるヨタム

 ヨタム王は、他の王にはない即位の手続きを踏みます。前章の終わりにこのような言葉が記されていました。「ウジヤ王は死ぬ日までその重い皮膚病に悩まされ、重い皮膚病のために隔離された家に住んだ。主の神殿に近づくことを禁じられたからである。その子ヨタムが王宮を取りしきり、国の民を治めた(歴下26:21)」前の王が在任中に代わりにその務めを果たします。こういう役職を「摂政」とも言います。ヨタム王がウジヤ王の摂政となったのは良い理由ではありませんでした。ウジヤ王は祭司の務めである「香を焚く」ということを勝手に行おうとし、その報いとして額から重い皮膚病が広がりました。 

ヨタム王が父ウジヤ王から代わって引き受けたのは、仕事だけではないと考えられます。「先代の王が祭司の務めを軽んじて、神より報いを受けた」という王家への霊的な不信も代わって引き受けたことになります。ヨタム王は、主の目に正しいことを行いながらも「ただ主の神殿に入ることだけはしなかった(2節)」とあります。ヨタムは神さまを信じ、ウジヤに代わって引き受けた務めを果します。しかし神殿への参拝は控えます。そこから、ウジヤ王が犯してしまった神殿への軽率と、それに対する厳しい審判を目の当たりにし、聖なるものへの恐れを一層弁えている人の姿が覗うことができます。

ウジヤとヨタムは父子と言えども一個人です。しかし民のまえでは同じダビデ王家です。神さまとの契約に生きる民として、ウジヤの背信の責任をヨタムは代わって引き受けたとも言えます。「わたしたち王家は、神さまの契約に対して相応しくないことをしてしまった」という責任の代償です。誠実な信仰だからこそ、そう思うのです。先代の罪責を誠実に弁え、代わって引き受けるという役目は、その務めに召し出された人にしか成し遂げられません。その点で、じつにヨタムは神さまの御前に誠実であったということになります。

2.人の弱さを引き受けることへ務めを集中する

さらにヨタムは、王国での神さまへの背信も引き受けることになりました。「民は依然として堕落していた(2節b)」この堕落がどのようなものだったか、列王記にもう少し詳しく書かれています。同じくヨタム王についての記述のところで「民は依然としてその聖なる高台でいけにえをささげ、香をたいていた(列王下15:35)」。ウジヤが築いた繁栄の世に在りながら、神さまへの信頼は崩れてしまっていたようです。父ウジヤ王のように、人々は香を焚く役目を犯します。ヨタムにとって、民の堕落は放置できるものではなかったと思います。しかし、父王がかつて犯した背信の姿をさしおいて、香を焚くための高台を廃することを推し進めても、しめしがつきません。自分には解決ができないと、王家の責任とともに弁えて忍耐したのではないかと思います。

自らを弁えるヨタムは、人民を裁くのではなく、徹底して守ることに集中します。神さまへの信頼が弱まっている民を守るために、自分に出来ることはなにかということに集中するということです。神さまへの信頼が弱まっているところに、外敵が襲ってきてはひとたまりもありません。ヨタムは城砦を築きます。とくに「オフェルの城壁」の工事を施したところに、ヨタムが注いだまなざしがあらわれます。彼は主の神殿の上の門を建て、オフェルの城壁に多くの工事を施し(3節)」とあります。この「オフェルの門」はエルサレムの南側の斜面に面しています。すぐ下には「キドロンの谷」があり、オリーブ山を仰ぎます。オリーブ山から南側に敵が駆け下りて、突かれ、破られると、エルサレムはたやすく征服されます。そこに彼は立ち、破れを修復し、さらに門を建てて見張ります。ヨタムは民を守るために、破れやすい所に立って、その弱さを引き受けます。

彼の民を守る思いは、南側からの脅威であるアンモン人を屈服させます。「彼はアンモン人の王と戦ってこれを征服した。その年アンモン人は銀百キカル、小麦一万コル、大麦一万コルを献上してきた。アンモン人は二年目も、三年目もそうした。」打ち負かした異民族を滅ぼすのではなく、屈服させて、しかも贈り物を献上させるようにさせたのは、珍しいことです。二年目も、三年目もアンモン人がそうしたというのは、自発的な献上だと考えられます。つまり心からヨタム王に服したということです。主の御前に御心をたずねて歩んだ王の姿がアンモン人にも感化を与えたと考えてもよいでしょう。彼は敵を殲滅するのではなく、敵意を滅ぼして、アンモン人の心をすら、神の王国との平和へ向けさせます。

3.キリストと共に弱さを引き受けるところに立つ

こうしてヨタム王の歩みをじっくり見てみますと、彼は人の心の破れを繕うために、自らを務めに捧げた王であったように思います。「ヨタムは主なる神の御前をたゆまず歩き続けたので、勢力を増すことができた(9節)」ヨタムのたゆまぬ歩みは、人の破れを代わって引き受けることだったと聞き取ってよいでしょう。ヨタムもキリストにいたる系図に名を残しています。「ウジヤはヨタムを、ヨタムはアハズを、アハズはヒゼキヤを(マタイ1:9)」ヨタムは歴代誌下のなかではもっとも記述が短く、長命でもありません。しかし人の破れを代わって引き受けた王として名を残します。

聖なる書物に名を残す人について、このような聖句があります。「彼らは、白い衣を着てわたしと共に歩くであろう。そうするにふさわしい者たちだからである。勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。わたしは、彼の名を決して命の書から消すことはなく、彼の名を父の前と天使たちの前で公に言い表す (ヨハネの黙示録3:5-6)」イエス・キリストは、人の破れを引き受けるところに立たれました。このお方がお引き受けくださったのは、愛し続ける神との交わりを拒む人の破れです。「われわれが自分自身の罪びとであることを知る時、キリストがわれわれの場所を占めてくださった(われわれに代わられた)ということは良い知らせであるに違いない。それは特に、義人の見せかけを装ってでなく、まさしく罪びととしてキリストと共に、立っているとの信仰によって、われわれが自分の罪を認めることができるようにしてくれるゆえに、良い知らせである。われわれはみな悪党であるが、それでも神は我々を愛してくださるのである(W.C.プラチャー『キリストがわれわれに代わられる』)」キリストを信じるものは、その破れを回復されています。キリストの霊をうけ、神と人の交わりの破れをキリストと共に悲しみ、それを代わって引き受けます。キリストと共にたゆまぬ歩みを続けます。その人は、神へ立ち帰る魂、命の書に名が増し加えられることをキリストの霊と共に喜びます。ヨタムのように、人に代わって破れ口に立つ人に与えられる喜びです。

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