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2021年1月24日主日礼拝

(説教録音のみ)

(YouTube動画のリンクは、ライブ配信終了後、説教音声ファイルに差し替えられます)

 

ー式順ー

黙祷
招詞
讃美歌 4(1,2節)
主の祈り
聖書 ルカによる福音書第4章31-37節(新108p)
祈 祷
讃美歌 352(1,2節)
説教『命から命へと語る』 三輪恵愛牧師
祈 祷
讃美歌 483(1,2節) 
報告
頌栄 24
祝祷

※使用される聖書と讃美歌
 日本聖書協会『新共同訳』
 日本基督教団出版『讃美歌21』

 

ルカによる福音書第4章31-37節

31イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。 32人々はその教えに非常に驚いた。その言葉には権威があったからである。 33ところが会堂に、汚れた悪霊に取りつかれた男がいて、大声で叫んだ。 34「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」 35イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った。 36人々は皆驚いて、互いに言った。「この言葉はいったい何だろう。権威と力とをもって汚れた霊に命じると、出て行くとは。」 37こうして、イエスのうわさは、辺り一帯に広まった。

 

説教『命から命へと語る三輪恵愛牧師

1.悪霊は、神さまからのみ言葉をさまたげるために礼拝に忍び込む

 「ある人に取りついた悪霊を権威のある言葉で追い出すイエス」これが、今日の聖書が伝える出来事のあらすじです。単純ではありながら、「悪霊」と「権威」、この二つの言葉がにわかに飲み込みがたいものにしています。安息日の会堂に潜む悪霊。日曜日の礼拝に悪霊がいるようなものです。礼拝に潜む悪霊には仕事がたくさんあるようです。居眠りに誘うこと、取り留めもない考えを吹き込むこと、神さまではないものを信じさせること、そして神さまから届いたみ言葉を奪い去ること(ジョン・マクゴワンの寓話『悪魔たちの対話』より。説教で触れます)。「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ(34)大声で叫んで礼拝を妨げます。悪霊は一生懸命、働きます。

2.悪霊を追い出すために語られたのは、イエスさまの権威ある言葉

 この悪霊をイエスさまが追い出します。どうやって追い出しておられるでしょうか。その場に居合わせた会衆たちが驚きながら言います。「この言葉はいったい何だろう。権威と力をもって汚れた霊に命じると、出て行くとは(36)言葉です。悪霊に取りつかれた男が大声で叫んだとき、イエスさまは叱って言いました。「黙れ。この人から出ていけ(35)」。この言葉をきいて、会衆たちは権威を感じた、と言うのです。

3.命を懸けた言葉を命へ届けるイエス・キリスト。神に愛される命を守るために。

会衆たちはこの権威に「非常に驚いて(32節)」いました。権威のある言葉。たしかにイエスさまは悪霊を叱ります。大きな声で命じ、支配する言葉。そう感じます。しかし、それで権威があることになるのでしょうか。非常に驚かせた、ならば支配するような言葉ではないはず。驚き!それは新しい理解や生き方に解き放たれたときに生じるもの。「権威」と訳されるエクスーシアは「エイミ:存在(英語のBe動詞にあたります)」と、「エク:そこから出て行く」が合わさった言葉です。つまり、その人の存在そのものから出て来るものがエクスーシアの本義。働き者の悪霊が取りつくほど、この人の命は神さまに愛され、求められていたのでしょう。そしてこの人も、一つのことを信じたい一途な思いを、妨げられて苦しんでいたのです。イエスさまはご自分の命から出てくるエクスーシアの言葉で、この人の命を守るのです。悪霊はいみじくも言葉の主(ぬし)をよく知っていました。「正体は分かっている、神の聖者(原意:神に属する唯一の聖なる人)だ」。聖なるお方が、十字架に命を懸けた言葉で、神さまに愛されるべき命を守ります。命から命へ、存在から存在へ語られる言葉で守るのです。

 

 

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