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2021年7月11日主日礼拝

(説教音声)

(礼拝全体)

 

前奏
招詞 詩編第96章1-3節
讃美歌 4(1,2節)
主の祈り
交読文 詩編第82編(交読詩編91p)
讃美歌 6(1,3節)
聖書 ルカによる福音書     
第7章36-50節(新116p)
祈 祷
讃美歌 352(1,2節)
説教『これがわたしの愛です』
祈 祷        三輪恵愛牧師
讃美歌 543(1,2節)
献金
頌栄 24
祝祷
報告
後奏

 

※使用される聖書と讃美歌
 日本聖書協会『新共同訳』
 日本基督教団出版『讃美歌21』

 

ルカによる福音書第7章36-50節

36さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。 37この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、 38後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。 39イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と思った。 40そこで、イエスがその人に向かって、「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われると、シモンは、「先生、おっしゃってください」と言った。 41イエスはお話しになった。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。 42二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。」 43シモンは、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えた。イエスは、「そのとおりだ」と言われた。 44そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。 45あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。 46あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。 47だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」 48そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。 49同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。 50イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。

 

説教『これがわたしの愛です』 三輪恵愛

1.多くの愛を示す罪深い女性が赦されていくけれども、その赦しはいつ始まるのか?

 「泣きながらその足を涙でぬらしはじめ、自分の髪の毛でぬぐい」、そう伝えるこの女性の姿は、心に強く残ります。この女性は「罪深い」とも言われていました。しかしイエスさまの足を拭い、香油を注いだことが「多くの愛を示した」と見做され「あなたの罪は赦された」と宣言され、「あなたの信仰があなたを救った」と格別の祝福を与えられているのです。ぜひこうありたい!罪に苛まれて涙を流したことがある人は、そう罪の赦しを願うでしょう。そして女性の姿から考えます。「いつ罪は赦されるのか」と。

2.イエスさまを愛することが少なかったシモンは、赦されることの少ない者なのか

 このときイエスさまの傍にいたファリサイ派のシモンは、女性の涙の意味がわかりません。「罪深い女なのに」と罪だけを見定めています。そんなシモンにイエスさまは「借金を帳消しにしてもらった二人」のたとえ話を語ります。500デナリオンと50デナリオン、帳消しにされた額には10倍の開きがあります。「500デナリオンを赦されたほうが大きく愛する」、難しいたとえではありません。「額の多いほうだと思います」とシモンもすぐに答えます。イエスさまは「そのとおりだ」と言い、シモンが示した愛の少なさを振り返らせようとします。「君は赦されることも、愛することも少ない者ではないのか?」

3.赦されたからこそ示すことの出来る愛に、赦された確信を見出す平安へ!

 しかし同時に「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさでわかる」と言われます。「大きな愛を示した引き換えに、罪を赦される」のではありません。そうではなく「赦されたからこそ、イエス・キリストへの愛を示すことができるようになる」と言われるのです。「イエスさまへ示す愛の大きさ」と言われ、具体的にどのような行いで示せば良いのか戸惑うところかもしれません。そんなわたしたちにイエスさまが伝えておられることは、次の二つの揺るがない真実です。①「罪の赦しはイエスさまへの愛によって示される」という証し。そして②「赦されたからこそ愛を示すことが出来る」という道筋です。イエスさまは小さな愛しか示せないシモンを見限っているのでしょうか。そうではありません。この女性は、イエスさまならば示す愛を喜んで受け取ってくださると信じていました。この信頼が罪の赦しを確かに示したのです。「あなたの信仰があなたを救った」のです。「シモンよ。この人を見ないか」と多くを赦されて愛を示すこととなった女性を指し、「これがわたしの愛です!」とキリストへの愛を告白しつつ、赦されていることを確信して生きていく平安に招いておられるのです。 

 

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