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2021年11月14日主日礼拝

(礼拝動画)

(説教音声)

 

ルカによる福音書第11章45-54節

45そこで、律法の専門家の一人が、「先生、そんなことをおっしゃれば、わたしたちをも侮辱することになります」と言った。 46イエスは言われた。「あなたたち律法の専門家も不幸だ。人には背負いきれない重荷を負わせながら、自分では指一本もその重荷に触れようとしないからだ。 47あなたたちは不幸だ。自分の先祖が殺した預言者たちの墓を建てているからだ。 48こうして、あなたたちは先祖の仕業の証人となり、それに賛成している。先祖は殺し、あなたたちは墓を建てているからである。 49だから、神の知恵もこう言っている。『わたしは預言者や使徒たちを遣わすが、人々はその中のある者を殺し、ある者を迫害する。』 50こうして、天地創造の時から流されたすべての預言者の血について、今の時代の者たちが責任を問われることになる。 51それは、アベルの血から、祭壇と聖所の間で殺されたゼカルヤの血にまで及ぶ。そうだ。言っておくが、今の時代の者たちはその責任を問われる。 52あなたたち律法の専門家は不幸だ。知識の鍵を取り上げ、自分が入らないばかりか、入ろうとする人々をも妨げてきたからだ。」 53イエスがそこを出て行かれると、律法学者やファリサイ派の人々は激しい敵意を抱き、いろいろの問題でイエスに質問を浴びせ始め、 54何か言葉じりをとらえようとねらっていた。

説教『神の知恵がひらく行先』三輪恵愛牧師

1.ファリサイ派や律法の専門家に批判を加え続ける姿から見えてくるもの

先週に続き、イエスさまが食事の席でファリサイ派や律法学者に批判の言葉を語られた時の出来事を聞き取ります。「不幸だ、愚かだ、不幸だ」と言われる剣幕に緊張が続きます。聖書は情景を描写する小説ではありません。福音を伝えることに集中します。ただ、これほど批判を加えるイエスさまの姿から、この食卓で語られていた話題を推測してもよいのだと思います。彼らは何を語っていたのでしょうか。

2.お互いの信心深さを誉め合い、慰め合ってばかり。責任を果たしていないから

イエスさまは食卓の器のきれいさを批判します(39)。ということは、食器のきれいさをほめそやしていたのでしょう。献げものについて批判します(42)。ということは、献げ物の多寡で互いを称賛していたのでしょう。食卓での席次(43)、広場での挨拶()、墓(44)を立て続けに批判します。ということは席次、挨拶、墓のことで敬虔さ、名声、富を互いに誉め合い、慰めあっていたのでしょう。イエスさまの批判は頂点に達します。「人には背負いきれない重荷を負わせながら、自分では指一本もその重荷に触れようとしない(46)イエスさまは彼らに問いただします。「あなたがたは、神の言葉に最も近いところにいながら、責任を果たしていないではないか!」それはどんな責任でしょうか。「重荷を降ろさせる」という責任です。

3.神の言葉に近いところにいるならば、自分自身が重荷を降ろす先駆けとなる

彼らが神の言葉に近い所に置かれていたことは「先祖が殺した預言者の墓を建てているからだ(47)という言葉からも伺えます。アベルからゼカルヤ、これは旧約の始めと終りの預言者です。預言者が携えた神の言葉を「殺し」ながらも、うわべは墓を建てて記念しているのです。イエスさまは厳しく言われます。「うわべの信心を誉め合うよりも、人々の重荷を降ろさせることが務めでしょう!」しかし思います。彼ら自身が重荷を降ろすことが出来ずにいたのではないかと。「指一本も触れようとしない(46)そこには自分の重荷も含まれています。「重荷を降ろす」とはなんでしょうか?「神に任せる」ということです。それは無責任なことではありません。神の働きにすべてを任せる、ということです。その姿が顕されたのはどこでしょうか?十字架です。エルサレムに向かうイエスさまに怒りが向けられます(53)。行く先は十字架、血が流されるところです。重荷を降ろす場所です。神の知恵であるキリストは行く先を示されます。重荷を降ろすことの出来る場所が、ここ教会にあるということを。

 

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