12月29日説教

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聖 書 ガラテヤの信徒への手紙2章15~21節
説 教 「キリストが私の内に生きて」

「‥‥わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。‥‥」(19b、20a節)

 年が変わります。誰もが新しさを喜び、心機一転を願うこの時機です。その新しさを根底から支えるものを、聖書の信仰から確認したいと思います。「あなたの僕を裁きにかけないでください。御前に正しいと認められる者は/命あるものの中にはいません。」(詩編143篇2節)と歌われる通り、過ぎて行く年を送るこの時に、過去の過ちや落ち度が裁かれることを思わねばなりません。誰もがこの裁きを過ぎ越すことは出来ません。罪と総称される、いのちを阻(はば)み窒息させるものが立ちはだかるからです。従って、私たちの命は回復を必要としているのです。それが誰しもこういう時期に、新しさを願い求める心の深層に横たわっている問題です。普通多くの人が、ただ気分を一新することで、済まそうとするし、実際に済んだことにして乗り切って行くのですが、そうしなければ遣って行けないほどに、実は深刻な問題なのです。魂の根底から神との正しい関係に入れられて、罪が赦され、はじめて私たちは古いままで滅びてゆくことを免れるからです。

 その為に、キリストの十字架の恵みが私たちに迫って来ます。そこで律法は救いに役立たないことが明らかになりました。「なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。」(ロマの信徒への手紙3章20節)。私たちには、行いや業績によって立とうとする愚かさが知らされます。勿論行い自体が虚(むな)しいのではなく、行いに頼ることが虚しいのです。虚しさに支配される心は、駆(か)り立てられ走り出して一層虚しさを深めさせます。そういう満たされない心が他者への不寛容と独善を生むのです。それが異邦人を容れる余地を失ったユダヤ主義に現れた典型でした。「しかし、わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファに向かってこう言いました。『あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。』」(ガラテヤの信徒への手紙2章14節)。律法の行いではなく、神の一方的な恵みに対する感謝が、溢れる中で、豊かな行いが流れ出るようにして、他者への開かれた心を養います。ペトロの態度の中に残っていたユダヤ的な生活の古さが、福音が異邦人を通して世界に拡がるのを阻(はば)んでしまうことを、パウロは鋭く見抜いたのです。

 しかし、パウロもペトロも十字架に死ぬこと、「キリストがわたしの内にいきておられる」と信じるのが、本当に人が新しくされる大切な点であることについては、全く一致していました。パウロが求めたのは、そういう信仰の徹底でした。「愛の実践を伴う信仰(尊いのは、愛によって働く信仰・口語訳)」(ガラテヤの信徒への手紙5章6節)といわれるように、信仰が実際生活の「実践」や「働き」となって現れ出ることです。御言葉を聴くことによって、そのままで「地の塩」、「世の光」とされている私たちの福音が、「 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」(マタイによる福音書5章13~16節)と主イエスが仰(おっしゃ)るように、現れ出ることが求められる訳です。そういう信仰が、人を一切の依存体質から解放し、真の自立した「わたし」を立ち上がらせます。パウロが直接十字架の信仰に語り及んで、文章の主語が「わたしたち」から「わたし」に変わったことを注目したいと思います。「わたしたち」の連帯の中にさえ埋没し依存する傾向があるのを自覚して、「わたし」という責任主体が立ち上がるのが、十字架のキリストにあって死に、「キリストがわたしの内に生きておられる」ことによる体験です。そのことが翻(ひるがえ)って本当に堅固な「わたしたち」を生み出し育てます。逆に今の世相は多くの人が依存傾向に気付かずに、「長いものに巻かれる」古い生き方を拭い切れないどころか、益々雪崩(なだれ)を打つような勢いで、落ち込んでゆく趨勢(すうせい)が否めません。体制順応という一体性の持つ偽りの中に安住して、個人を埋没させる中毒症状が蔓延しているからです。十字架に架けられて「わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によ」って真に自立する個人の中にこそ、必要ならば敢えて傷付くことを恐れずに、互いの価値観の違いを受け容れ合いながら、共同して生きるいのちが育まれます。人を本当に自由にする真理(ヨハネによる福音書8章32節)としての十字架のキリストを信じ抜いて、「折が良くても悪くても」(テモテへの手紙二、4章2節)宣べ伝え続けましょう

12月22日説教

聖 書  ルカによる福音書 2章8~14節  

説 教  「天と地が迎える降誕」

 「‥‥『あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。」(12、13節)

 救い主の降誕の知らせに、天と地が喜びに震えます。私たちが信じる神は、初めから天地の創造者でした。「初めに、神は天地を創造された。」(創世記1章1節)。人が罪を犯し神から離れた結果、「被造物は虚無に服して」(ローマの信徒への手紙8章20節)しまっていた処、神はその独り子を人の罪を贖う為に地上に送り給うたのです。それによって神の栄光を天と地が喜び讃える元々の壮大な讃美が回復します。「天よ、喜び祝え、地よ、喜び躍れ。国々にふれて言え、主こそ王と。」(歴代記上16章31節)。「天よ、喜び歌え、地よ、喜び躍れ。山々よ、歓声をあげよ。主は御自分の民を慰め/その貧しい人々を憐れんでくださった。」(イザヤ書49章13節)。ひとりの罪人が救われる時、その喜びは当人や周囲の人々ばかりでなく、天にも響き渡ると言われます。「言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」(ルカよる福音書15章10節)。

 このことが、降誕の喜びによって私たちの心に与えられた「永遠を思う心」(コヘレトの言葉3章11節)が呼び覚まされてくる、という事態に特に注目したいと思います。それは永遠の御子が肉となって下さって(ヨハネによる福音書1章14節)、泡沫(うたかた)のような時を忽(ゆるがせ)にしない生き方が、私たちに備わって来ることに対応しています。「こう言われているからです。『人は皆、草のようで、/その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、/花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。』これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。」(ペトロの手紙一、1章25、26節)。「あなたがたのうちだれ一人、罪に惑わされてかたくなにならないように、『今日』という日のうちに、日々励まし合いなさい。――」(ヘブライ人への手紙3章13節)。御子が馬小屋という「どん底」を誕生の場として下さったことを「天」が喜び迎えました。人の思いからすれば虚しさの極みであって、誰も顧みることすらせず、避けて通りたいような場所を、永遠の御子はこの地上に降られる初めの場所とし給いました。そしてその御生涯はずっとその延長線を外れず、常に貧しい者の悲惨と共に歩まれました。その為に、私たちはどのような悲惨に「思い悩む」としても、そこを解放の喜びの場とされます。「 それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。」(ペトロの手紙一、6章8節)。

 更に、降誕が如何に低く、世の片隅に起こった出来事であるにもせよ、それを神は「升の下や寝台の下に」(マルコによる福音書4章21節)留め置き給わず、個人的内面の心の秘め事にもなさらない、ということが重要です。降誕の出来事を、「皇帝アウグストス」の下、「キリニウスがシリア州の総督」という権力支配の中で、言わば「公然と」起きたこととして私たちは読んでいます。これもまた御子の生涯を特徴付けるものでした。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。」(ヨハネによる福音書18章20節)というのが主イエスの全ての言葉と行動の性質でした。従ってそのように始まったイエスの人生は、その終わりも又苦しみと死を「ポンテオ・ピラトのもとで」受けられています。時は永遠によってはじめて時となります。神が人に永遠を思う心を与えられた事を語ったコヘレトは、同時に神の全ての創造の御業に時宜にかなう配慮を添えられるという指摘によって、「何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」(コヘレトの言葉3章1節)という事実を確証します。アウグストスやキリニウス、或いはポンテオ・ピラトの政治の世界は、現世に限るのですから永遠とは直接しない世界です。しかし、この世界も御子到来によって啓かれた永遠を無視しては、本来の役割を果たせないことを、聖書は断言します。この点を明確に主イエスはピラトに向かって「神から与えられていなければ、(あなたは)わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」(ヨハネによる福音書19章11節)と仰います。「天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」(ヨハネによる福音書1章51節、創世記28章12節)。健全で賢い世界は、正しく宗教が機能しなければなりません。御子の降誕はそれを告げ続けます。地上の事柄にだけ関わる権力の世界が、しばしば踏み留まるべき限界を超えて人の内面にまで手を伸ばす過ちを見がちです。人を正しく愛し遇する為にこそ、神への愛の道を啓き示して下さった降誕の恵みが私たちに強く迫ってきます。

12月15日説教

聖 書  申命記 12章8~12節
説 教  「最良の満願の献げ物を携えて」

 「あなたたちの神、主がその名を置くために選ばれる場所に、わたしの命じるすべてのもの、‥‥、および主に対して誓いを立てたすべての最良の満願の献げ物を携えて行き、‥‥。」(11節)

 約束の地を前に、神の前に出る民は「自分が正しいと見なすことを決して行ってはならない。」(8節)と命じられます。ちょっと不審に思われるかも知れませんが、本当です。自分の正しさで立とうとすれば、結局社会は混乱します。人それぞれの正しさがあり、それを皆が主張すれば、社会は纏(まとま)りがつきません。イスラエルが士師たちに導かれた時代の終わりの様子を、聖書は「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた。」(士師記21章25節)と記します。人が「自分が正しいとみなすこと」を行うならば、結局はその「道を誤」るに到るからです。「わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて/主は彼に負わせられた。」(イザヤ書53章6節)。だから神はその独り子を地に降し給うて、「正しい人」を砕き謙遜に従う真の意味で強い人を呼び出されるのです。(マタイによる福音書1章19~24節)。マリアの受胎を知ったヨセフの「正しさ」は、事を秘めたものにしたままにして、マリアとの婚約を解消し離縁することで、解決しようとしました。ヨセフの「正しさ」は決して冷酷な種類のものではなく、マリアへのせめてもの同情と愛から出た「正しさ」であったのでしょう。しかし真実の愛であり給う神は、その「正しさ」を容認されません。神の御旨を受け入れ、従順を貫くことでマリアを妻として受け入れるように命じられました。それによって、ヨセフは真実に強い人となったのです。

 そうした上で神は「安住の地、嗣業の土地」を与えようとし給います(9節)。イスラエルが、荒野をさまようのは、約束の地を目指す旅でした。確かな地にやがて立つのです。私たちは生きる為に自分の生きる場所を持たねばなりません。なぜなら、「所在不明」が人としての真の豊かさを失わせるからです。誰もが「故郷喪失」に見舞われている時代です。ふる里は誰もが自分の後ろに、思い出のように存在するものになってしまっています。だれもが近代化、都市化の波に流されて生きているのです。しかし、実はそれもまた聖書が示す人間の方向性でした。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/‥‥行きなさい。」(創世記12章1節)。生まれ故郷を出て行くことが、深く広い神の命令であって、時代は神を信じる者も信じない者も、その方向性を持つ生き方にしたがっている、と言えます。だが、出ていって何処に行くのか、自分からは誰にも分かりません。「自分が正しいと見なす」生き方からは、人は自分の行くべき場所は決められず、神の示す自分の場を得なければ「安住」出来ないのです。従って、神が示すこの方向性は、後ろに古い故郷を離れる方向と、前方に神が示して下さる新しい故郷を目指す方向との両面を持っています。そして神が「わたしが示す地に行きなさい。」と言って下さるなら、それが例え極貧の馬小屋でも、その暗い場所に光と讃美をあらわし給うた御子が共に居て下さいます。それこそ私たちの「安住の地、嗣業の土地」と受け止めることが出来、そこで私たちは喜びと輝きに満ちて、「測り縄は麗しい地を示し/わたしは輝かしい嗣業を受けました。」(詩編16篇6節)と歌うことになるのです。

 そして、そこでわたしたちは神に献げる喜びを知ります。「焼き尽くす献げ物、いけにえ、十分の一の献げ物、収穫物の献納物、および主に対して誓いを立てたすべての最良の満願の献げ物を携えて行き」(11節)と列挙される献げ物の多さは、どんなに献げても尽くすことの出来ない感謝と喜びを表してはいないでしょうか。今や私たちは、肉となって神イエスその方という「最良の満願の献げ物を携えて」神の御前に出ることが許されます。その事が私たちにこの世知辛い世を生き抜く力を湧き出させます。そして「レビ人には嗣業の割り当てがない」(12節)と言われています。私たちの為に全てを捨てて貧しくなり、御自分の命さへも犠牲に献げ尽くして下さった御子こそ、ここで言われるまことのレビ人ではありませんか。自分の正しさを捨てて、御子を受け入れる人はその貧しさに「喜び祝う」真実の豊かさを見出します。今や飽食の時代、物量に幸福感を追求する時代が極まって、ようやくそこに忍び込むような虚しさを誰もが感じ始めている現代です。時代のパラダイム(注・その時代に支配的な物の見方や時代に共通の思考の枠組)は、「大量生産・大量消費」から「豊かさの質の変化を追求すること」に移りつつあります。そうでないと世界は持たない処にまで行き着きつつあるからです。しかも元々、聖書は一貫して最初から神が共に居て下さる「貧しさ」にまことの豊かさと幸いを見ていたのです。「さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。『貧しい人々は、幸いである、/神の国はあなたがたのものである。』」(ルカによる福音書6章20節)。「(わたしたちは)悲しんでいるようで、常に喜び、貧しいようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。」(コリントの信徒への手紙二、6章10節)。今年もクリスマスの恵みを味わう季節となりました。今私たちが置かれている時代状況の中で、このクリスマスを通して神が私たちに示してくださっている方向をしっかりと見定めようではありませんか。

12月8日説教

聖 書  ガラテヤの信徒への手紙2章11~14 節
説 教  「福音の真理にのっとって」

 「しかし、わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、‥‥。」(14節)

 アンティオキアはステパノの殉教によって、世界に散り始めたキリスト者たちが、落ち延びて言った先々の一つでした(使徒言行録11章19節)。ここが異邦人伝道の拠点となって行き、初代教会はその中心をエルサレムからここに移ったったかのような成長を遂げました。主イエスの弟子たちがはじめて「クリスチャン」と呼ばれるようになったのも、このアンティオキアでした(使徒言行録11章26節)。エルサレムでの公式の出会によって、互いに対等を確認し合ったパウロとペトロでした。主イエスの弟子から使徒となった「おもだった人たち」(2、6節)は、使徒としては「月足らずで生まれたような」彼(コリント一、15章8節)を、自分たちと遜色のない召された者と認めて、右手を差し出して堅い握手を交わしたのでした。しかも、その「対等」が、「福音の真理にのっとって」いる時には、互いの間にただ同意や一致の確認をすることに留まらずに、逆にどちらかに間違いが見出されるならば、対決や歯に衣を着せないの指摘となって現れるということに、むしろ真実の関係があることが示されます。

 異邦人伝道の拠点として盛んになってゆくアンティオキアの教会の様子を、エルサレムのペトロたちが知ろうと、バルナバを遣わしたこともありました(使徒言行録11章22節)。エルサレムの使徒たちの、アンティオキアへの並々ならない関心が窺えます。やがてペトロ自身そこを訪れることともなったのですが、その際に食事の席でとった曖昧な態度が、パウロには見過ごしに出来ない欠陥と映りました。初めのうちは「‥‥ケファ(ペトロ)は、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。」(12節)、とパウロは説明しています。ペトロにすれば、エルサレムのユダヤ人キリスト者たちへの配慮からそうした、と想像されます。それをパウロは「福音の真理にのっとって」の行動ではないと考えたからです。そこには、当時のキリスト者にとっての「割礼」からの解放、という福音が投げかける緊急の課題が背景にあったのです。「割礼」は、ユダヤの宗教生活に深く根付いた習慣です。それは、同時に彼らの「律法生活」と密接に結び付いています。エルサレムという古代ユダヤの風習を色濃く残す都市に生きるキリスト者たちが、割礼と共に律法をキリストの救い以前の受け止めようで引きずっている、ということは大いに考えられることです。それが異邦人への福音伝道に、手枷(かせ)足枷(かせ)となる恐れがあるだけではありません。それが福音を信じて受け入れることも大事だが、同時に救われる為には律法を行うことも合わせて必要だ、というような考え方を引きずっていることにもなるのですから、パウロはペトロの態度の中にそういう考え方を容認する姿勢を鋭く見ざるを得なかったのでしょう。それこそ目下、ガラテヤ地方の諸教会に書き送るこの手紙の目的でもあったので、パウロは書きつけることになったのでした。

 正にこうしたユダヤ主義的な信仰からの解放が、当時始まった世界伝道が乗り超えてゆかねばならない問題でした。「福音の真理にのっとって」の交わりは、対等であって真実のものであることが肝心でした。福音が信仰生活の習慣を越えて広まって行かねばなりません。その現れとして共同の食事は大切な意味を含みます。妥協や取引ではない真実な交わりが、食卓を囲んでこそ養われるために、常に「福音の真理」に私たちは耳と心と行動を通して聞きます。福音は私たちを「幼子」のように虚心にします。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。」(マタイによる福音書11章25節)。「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」(ルカによる福音書18章17節)。預言者は「乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ/幼子は蝮の巣に手を入れる。」(イザヤ書11章8節)という預言を語りました。無邪気で同時に無知な乳飲み子が、大人が思っても見ない危険に手を出すことがありますが、預言者はその行動にむしろ終末の時の完全な平和の成就と、いのちを損なうあらゆる要素が拭い去られた世界の様子を洞察したのでしょう。主イエスは進んで立場や考え方の違う人との食事をなさいました。他の人が忌み避ける徴税人や罪人と言われる人々と、敢えて食卓を囲まれ、同時にその席で多くの教えをお語りになりました。居合わせた人が「神の国で食事をする‥‥幸い」を思い、讃嘆したほどでした(ルカによる福音書14章15節て)。その為に主は御自分の体を十字架に献げられて、全ての人がその実りに与るようになるために、それに連なる食事を備えることを終生願い続け、遂に完成されたのでした。「イエスは言われた。『苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。』」(ルカによる福音書22章15節)。

12月1日説教

聖 書  ルカによる福音書 20章1~8 節
説 教  「主キリストの権威」

 「すると、イエスは言われた。『それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい。』」(8節)

 主イエスの神殿での教えと行動を裏付ける「権威」が、当時の権力の担い手を自負する「祭司長や律法学者たち、長老たち」から追求されます。そこは天を神の玉座、大地をその足台、エルサレムを大王の都とする神に属する民にとって、彼らの心が集まって来る場所でした(マタイによる福音書5章34、35節)。主なる神の熱い心や力強い御業を乞い求める民が、神の目が注がれることを叫び求める時、その拠り所としたのが神殿であり(イザヤ書63章15節)、それだからこそ其処を何時も慕い、絶え入るような憧憬の思いを注いだのも同じ神殿でした。「万軍の主よ、あなたのいますところは/どれほど愛されていることでしょう。主の庭を慕って、わたしの魂は絶え入りそうです。命の神に向かって、わたしの身も心も叫びます。あなたの祭壇に、鳥は住みかを作り/つばめは巣をかけて、雛を置いています。万軍の主、わたしの王、わたしの神よ。いかに幸いなことでしょう/あなたの家に住むことができるなら/まして、あなたを賛美することができるなら。」(詩編84篇2~5節)。又ここをこそ主は「わたし‥の父の家」(ルカによる福音書2章49節)と呼び、これを清く保つ為に御自分を「食い尽くす」程の「熱意」(ヨハネによる福音書2章17節)を示されながら、「祈り」から「強盗の巣」に変質してしまった神殿に立ち向かい給うたのでした。

 初めから主イエスの教えは「”霊”の力に満ちて」(ルカによる福音書4章14節)いた、と言われます。共観福音書は口を揃えて、主イエスの教えを人々が「非常な驚」きでそこから「権威」を聞いた様子を生き生きと伝えています(マタイによる福音書7章29節、マルコによる福音書1章22節、ルカによる福音書4章32節)。神殿を足場として民衆を支配していた権力層ですから、ここで主イエスとの衝突が激化して来、その決着を図ろうとする思いが盛り上がるのも当然の成り行きでした。人を支配する者たちは、常に自分に授けられた力を拡大しがちです。神が秩序維持の為に指導者たちに委ねる「権威」(ローマの信徒への手紙13章1節)の正当性は、「ここまでは来てもよいが越えてはならない。高ぶる波をここでとどめよ」(ヨブ記38章11節)という御言葉にあるように、常に限界付けられたものです。「塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る。」(コヘレトの言葉12章7節)と言われます。また、「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ‥‥る」(ヤコブの手紙4章5節)とも言われます。神の秩序を維持するために、神は人に人を支配する力を授けられますが、その権能は人の霊にまで及ぼすことを許されません。しかし、人を支配することが神からの委託によることを忘れたり無視すると、魂(霊)に迄手を伸ばす美酒に酔うようになり、それが「祭司長や律法学者たち、長老たち」が真の神の御子である主イエスに衝突する結果になったのです。

 しかし一方、神の「権威」についてのこの場合の質問者の心が開かれていれば、答は自ずと明白です。洗礼のヨハネについて、既に「民衆は皆ヨハネの教えを聞き、徴税人さえもその洗礼(バプテスマ)を受け、神の正しさを認めた。」(ルカによる福音書7章29節)という事実があるからです。その時既に「ファリサイ派の人々や律法の専門家たちは、彼から洗礼(バプテスマ)を受けないで、自分に対する神の御心を拒んだ。」のでした(同章30節)。彼らには答は閉じられています。彼ら自身が閉じたのです。ですから主イエスの「わたしも言うまい。」というお答えは、回避でも「煙に巻くこと」でもありません。むしろまことの「権威」は、答の拒否と沈黙によってこそ明らかにされている、と言えます。十字架の裁きの座の前で、不当な裁き手に対して主イエスは彼らが不思議に思うほどに沈黙を続けられました(マタイによる福音書27章14節、マルコによる福音書15章5節、23章9節、ヨハネによる福音書19章9~12節)。それは答えに窮したのでも、さらに不利な訴えから権利を守る為の黙秘でもありませんでした。むしろこの神の沈黙は、神の権威の啓示の一貫というべきものです。そこに神の御言葉に心を閉ざし続ける者に言葉の閉塞が起こります。預言者の「主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇き」(アモス書8章11節)ということもそこから理解されるでしょう。それでも、謙虚な心を開く者たちにとっては、神はその沈黙によっても、語り給うことを知るでしょう。それが又神の御言葉が、聞く人々の心に神信頼と従順に満ちた沈黙を引き起こすことにもなるのです。「生ける者すべて、おののきて黙せ」(旧讃美歌100番)。したがって信仰者は次のようにも歌うことが出来るでしょう、「話すことも、語ることもなく/声は聞こえなくても、その響きは全地に/その言葉は世界の果てに向かう。そこに、神は太陽の幕屋を設けられた。太陽は、花婿が天蓋から出るように/勇士が喜び勇んで道を走るように‥‥。」(詩編19篇4、5節)と。

11月24日説教

聖 書  申命記 11章8~12節
説 教  「主が誓われた地に向かって」

 「こうして、主があなたたちの先祖に、彼らとその子孫に与えると誓われた土地、すなわち乳と蜜の流れる土地で、あなたたちは長く生きることができる。」(9節)

 荒野から約束の地に向かう民に神が命じる戒めによって、彼らは「勇ましくなり」(8節)ます。神があたえる戒めは、決して私たちを規則尽くめの窮屈な状態に束縛するものではありません。逆に、それは生きる勇気をあたえ人を自由にすることに注目したいと思います「わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない。‥‥御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。」(申命記30章11、14節)。「イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。『わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。』」(ヨハネによる福音書8章31、32節)。それは「あなたが入って行って得ようとしている土地は、あなたたちが出て来たエジプトの土地とは違う。そこでは種を蒔くと、野菜畑のように、自分の足で水をやる必要があった。」(10節)、とあるように苦役が強いられるのではないのです。むしろ「あなたたちが渡って行って得ようとする土地は、山も谷もある土地で、天から降る雨で潤されている。」(11節)、と言われるように上から恵みが注がれるような一方的な恩寵の世界であるのです。

 それは又希望の源です。前方は閉塞ではなく、開かれている約束の地です。「川を渡って、得ようとしている土地」(11節)であるだけに、私たちにとって未知の世界です。「今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。‥‥『しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。』‥‥(弟子たちは)言った。『「しばらくすると」と言っておられるのは、何のことだろう。何を話しておられるのか分からない。』」(ヨハネによる福音書16章5、16、18節)という遣り取りからも明かなように、希望すべき土地について、私たちは未だ知ることが出来ないのです。しかし、其処は主なる神が誓ってあたえようとして下さるところです。「わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。」(ヨハネによる福音書14章2、3節)。だから、それほど確実な地は他にない程のものです。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。‥‥神が命じられたとおりに、すべて肉なるものの雄と雌とが来た。主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。」(創世記7章1、16節)。その地に入った私たちの後ろの戸を「神が」閉ざされるので、脱落も挫折もありません。私たちの信仰にとって、そういう未来を信じて歩むことこそが、今という忽ち過ぎ去って行く時を豊かにします。「兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」(フィリピの信徒への手紙3章13、14節)。更に例え、現在が閉ざされた中にいるように見えても、閉ざされれば閉ざされるだけ、神が「誓われた」故に未来が開かれてくるのを、信仰は見るでしょう。「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。」(コリントの信徒への手紙二、4:8~10節)。

 神の民に約束され、私たちが入ってゆくために備えらた地は、「山も谷もある土地で、天から降る雨で潤されている」(11節)と言われます。正に神の平和(シャローム)が支配する場所は、決して退屈でなく、むしろ山あり谷ありの変化に富む故に、緊張と安息が互いを支え合うような処です。神の国に入れられれば、私たちは皆それぞれ「天使のようになる」と主イエスは言われました(マルコによる福音書12章25節)。天使はひたすら神に仕え、しかも完全な休みの中に居ます。讃美することにどんなに力を込めても、私たちは疲れないどころか、却って益々生きる勇気が湧き出るようなものです。「これから入って行く地」については未だ見ぬ処でありながらも、其処については目覚めた信仰にとって、苦しみや悲惨に取り囲まれた現在の中で、既に「前味わい」されていると言えます。「よこしまな曲がった時代の中で、‥‥星のように輝」く(フィリピの信徒への手紙2章15節)のはそういう信仰でしょう。重荷や思い悩みにもまれながらも、それらに逆らって常にキリストの平和(シャローム)に立ち帰る信仰が、明日を確信します。正に「平和な人には未来がある。」(詩編37篇37節)、と言われるのは本当です。

11月17日説教

聖 書  ガラテヤの信徒への手紙2章7~10節
説 教  「私に与えられた恵みを認め」

 「また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、わたしとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。それで、わたしたちは異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに行くことになったのです。」(9節)

 パウロは、キリストの使徒としては「月足らずで生まれたようなわたし」(コリントの信徒への手紙一、15章8節)と言い、「わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者」(同9節)とさえ言います。その彼が、ここではエルサレム教会の「柱と目される」使徒ヤコブ、ケファ(ペトロ)とヨハネらとの対等な出会いを確認しています。彼の謙遜が、決して他の使徒たちに比べて低いものではなく、キリストの神の前での謙遜であって、むしろ実はそれこそが人々の間での人格的な平等や同格の意識の源泉であることを知らねばなりません。そこで彼らは、一致(コイノニア・交わり)のしるしに、右手を差し出し合って堅く握手します。ここにもこの手紙の書き出しである「人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって」の原則が現れています。互いの違いを受け容れ合う交わりです。そこから一つの体に連なる肢体の共同意識が生まれます。「わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。」(ロマの信徒への手紙12章4、5節)。「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」(コリントの信徒への手紙一、12章26、27節)。

 実にそれは出会いにおいて神の正義が現れ出る美しい瞬間です。「慈しみとまことは出会い/正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで/正義は天から注がれます。主は必ず良いものをお与えになり/わたしたちの地は実りをもたらします。」(詩編85篇11~13節)。正に福音が全世界に開かれて宣べ伝えられる公式な瞬間だからです。普通人と人の間の一致は、互いの共通点に基づいてこそ成り立つと考えられます。民族の一致や思想の共通点や国家的社会的な一致は、すべて同じ点の確認の上に成り立つのでしょう。私たちはそのことに安心感や安らぎを求めがちです。しかしそうであれば、違いは分離や決裂、そして排除の原因ともなります。しかし福音における一致は、そうではありません。神は神であって人ではなく、人は決して神にはなり得ません。実は人間にとってこのことを受け止めることが、救いの出発点であり土台なのです。人とは全く違う神が、人に愛の呼び掛けをして下さったことが、主イエス・キリストの出来事です。それが福音です。福音において、人と人も互いの違いをもって出会うことが此処から生じます。又賜物と務めの違いを認め合って、一つの福音から「割礼を受けた人々に対する使徒としての任務」と「異邦人に対する使徒としての任務」という違いを認め合うのが福音における一致です。

 そこに対話の豊かさが約束されます。確かに、互いの違いを乗り超えて、一致を見出すには、時を費やす対話や忍耐し合う交わりがなされた上に起こることでもありましょう。キリストの恵みは、人を一挙に喜ばしい成果に導き入れることもあるでしょう。しかし、そういう恵みに到る忍耐深い希望が、決して恵みの希薄さを意味しない、ということもあるのです。「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ」(ローマの信徒への手紙15章5節)てくださいますように、とパウロは祈りました。「また、わたしたちの主の忍耐深さを、救いと考えなさい。それは、わたしたちの愛する兄弟パウロが、神から授かった知恵に基づいて、あなたがたに書き送ったことでもあります。」(ペトロの手紙二、3章15節)という言葉も、私たちは読むのです。こうした神にあって生きる生活の底を流れる恵みに与りたいものです。又、こうして互いの違いを超えて、主にあって一致するには、自分を見る新しい視線が開かれることでもあります。古くからイスラエルには、「あなたたちは寄留者を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で寄留者であった。」(申命記10章19節)という戒めがありました。自分たちの中にある異質の要素が、決して未知の敬遠されるべきものではなく、元々自分のものだった、という発見を福音はもたらすのです。「貧しい人々」への配慮(10節)が、他者の容認である前に自己確認である(マタイによる福音書5章3節、コリントの信徒への手紙一、1章26~29節)処から湧き出ます。パウロは、仲間の使徒たちが「わたしに与えられた恵みを認め」て、彼が神から与えられた異邦人伝道を証人した、と感謝をもって語ります。彼も又、ペトロたちの中に同じ恵みを確認していたのでしょう。こうして、互いの中に「与えられた恵みを認める」交わりが豊かに開かれ展開して行きます。

11月10日説教

聖 書  ルカによる福音書19章45~48節
説 教  「わたしの家は、祈りの家」

 「彼らに言われた。『こう書いてある。「わたしの家は、祈りの家でなければならない。」/ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。』」(46節)

 ルカは福音書の記述を、神殿でのザカリアの子ヨハネ誕生に関する預言を聞いた出来事(ルカによる福音書1章5節以下)で始めます。そして、神殿でイエスの昇天後弟子たちが讃美の日々を送っていたとの指摘で終わります。「(イエスは)、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。」(同24章51~53節)。そして更に使徒たちの働きさえもが、彼らの神殿での生活を土台として始まったと語り始めるのです。「 そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。」(使徒言行録2章46~48節)。あるいは又、少年イエスが12才になった時の神殿詣でで、お語りになった重要な御言葉も、ルカが書かなければ、私たちは知ることが出来なかったでしょう。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」(ルカによる福音書2章49節)。したがって、同時に祈りを強調するこの福音書が、「わたしの家は、祈りの家」という旧約預言を主イエス御自身が取り上げて、正に御自分のこととしてお語りになるのを忘れる筈はありません。

 幼いサムエルは「祈り」を「神殿」(神の家)で学ぶことから始めました。「まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。‥‥主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。『サムエルよ。』サムエルは答えた。『どうぞお話しください。僕は聞いております。』」(サムエル記上3章3、10節)。私たちの生活が活性化する為には常に祈りが必要です。その為には神の家である教会での祈りの実践が欠かせません。地上の目に見える生活が真に意味のあるものとなるには、私たちの目と心が見えない天の、超越的な世界に開かれていなければなりません。正に祈りはそういう生活を開きます。祈りによってこそ、天が開けて地と行き交う命が流れ込み、神の恵みの支配が全地に実現してゆくからです。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」(ヨハネによる福音書1章51節)。「ヤコブはベエル・シェバを立ってハランへ向かった。とある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。ヤコブはその場所にあった石を一つ取って枕にして、その場所に横たわった。すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。」(創世記28章10~12節)。主イエスはその為に神殿を「わたしの家」と確言され、「祈り」によって御旨を聴いて生きる人を招き出されます。それは同時に人間による世界支配が神の御手に移されることでもあります。それは正に神による霊的な革命と言って良いほどの事態ですから、そこには神殿が当時の権力に牛耳られていた姿を、「強盗の巣」と呼ぶほどの激しさを伴います。「わたしの名によって呼ばれるこの神殿は、お前たちの目に強盗の巣窟と見えるのか。そのとおり。わたしにもそう見える、と主は言われる。」(エレミヤ書7章11節)。

 当然それは権力者たちの怒りが引き出されます。神は人々の世界を秩序だった平和な状態に保つために、特定の人々に権威を与え給います。しかし、それは地上の見える要素や部分の支配に限られています。ところが彼らがそういう神の委託を弁(わきま)えないままでいれば、人々を支配し動かす為に、人々の地上的肉的な領域だけではなく、本来神に属する見えない霊の部分にまで支配を及ぼしたくなる強い誘惑に駆られるのです。そうすることによって、彼らの支配が思うままになるからです。しかし、当然神はそれをお許しになりません。主イエスが、天的な神の御支配の地上への足台として、「祈りの家」をお定めになって、それを「私の家」と呼ばれたので、「祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀った」(47節)、ということに到りました。しかし、彼らは「どうすることもできなかった」と言われます。人々がイエスに聞き入っていたからだ、と福音書は指摘します。ここに私たちにとって、大変大切なことが示されています。つまり、私たちが「祈り」に専念し、御言葉の支配に委ねる時、私たちを攻撃しても占領できる者は何処にもいないからです。この世の権力者が、その支配を自分たちに委ねられた範囲を超えて及ぼそうとしても、それは元来出来ないことだからです。「友人であるあなたがたに言っておく。体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない。だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい。」(ルカによる福音書12章4、5節)。御言葉の「両刃の剣」のような鋭さ(ヘブライ人への手紙4章12節)と、「魂(を)‥‥乳と髄のもてなし」で満ち足らせる(詩編63篇6節)豊かさが、私たちを取り囲んで守り切るからです。

11月3日説教

聖 書  申命記 10章1~11節
説 教  「身を翻して山を下るモーセ」

 「わたしは身を翻して山を下り、‥‥。」(5節)

 民の反逆的な行いを怒り、砕いた二枚の石(9章21節)の板を、神は再び山で作り直してモーセにお与えになりました。灼熱の炉のような山から語り給う恐るべき神の前(出エジプト記19章18節、申命記4章24節、ヘブライ人への手紙12章29節)に、「 その様子があまりにも恐ろしいものだったので、モーセすら、『わたしはおびえ、震えている』と言ったほどです。」(ヘブライ人への手紙12章21節)と言われます。それ程に恐れるべきお方としての神は、同時に民を「目の瞳」のように遇する濃やかな愛の神です。「栄光によってわたしを遣わされた、万軍の主が/あなたたちを略奪した国々に、こう言われる。あなたたちに触れる者は/わたしの目の瞳に触れる者だ。」(ゼカリヤ書2章12節)と言われるからです。それ故に、この恐れおののくべき神が、モーセの執り成しもあって、「主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された」(出エジプト記32章14節)のでした。下界で罪の業を展開する民に向かって急ぎ下るように、神から命じられた場合のモーセの憤りに比べて、神の憐れみに接したモーセが、再び「身を翻して山を下り」民のもとに急ぐ様子を思い浮かべてみてください。。

 そこには以前は「すぐに立って、ここから下りなさい。あなたがエジプトから導き出した民は堕落し、早くもわたしが命じた道からそれて、鋳像を造った。」(申命記9章12節)という言葉に漲った怒りを赦しに身を翻す神が背後に居られる、と考えるべきです。そこには怒りに燃える神が、モーセの執り成しによって重い腰を上げるように、災いを思い返されたのではなく、むしろモーセの執り成しを促す程に、神は聖と義から怒る中に既に憐れみと慈しみに溢れておられるお方であった、と考えるべきでしょう。つまりモーセの「身の翻り」は、彼を導く神その方の中に既に初めからあった、と考えるべきでしょう。それは同時に、新約聖書において3人の弟子たちを連れて山に上り、天上での栄光の御姿を現された神の御子が、旧約時代を代表するモーセとエリヤの現れを受けて「二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。」(ルカによる福音書9章31節)とされる出来事に繋がります。つまりその栄光の中で、エルサレムで遂げる十字架の最期を確認される神としてのイエスその方でもあるわけです。この神の中に示される「翻り」こそが私たちに映し出されると、「隣人を自分のように愛」する(マタイによる福音書19章19節)愛が、「翻って」同時に「父‥‥母‥‥息子‥‥娘」に先んじる主への愛(マタイによる福音書10章37節)によって確証されることになります。つまり「自分のように他を愛する愛」が、端的に「自分の命を憎む」(ヨハネによる福音書12章25節)愛の「翻り」となって現れているのです。信仰による世界には、一見この世離れしたような場所が、却って現実を直視しする視野を啓き、具体的な改革を推し進める力となる、ということがあるのです。

 「身を翻して山を下るモーセ」から「栄光の山での御姿を翻して罪の世に降る」十字架のイエスに出会う私たちもまた、心を込め御言葉に深く沈潜をする礼拝から、「身を翻して」勇んで「よこしまな曲がった時代の中」(フィリイピの信徒への手紙2章15節)に出て行きます。聖なる神礼拝そのものが、単に決してこの世から遊離し現実離れした夢や幻の領域ではなく、私たちに潜む罪の現実をこそ露わにする機会でもあります。人類最初の兄弟殺しという凄惨な出来事が、カインとアベルが夫々に神の前に献げ物を携え出た「礼拝」の場から起きたのです!(創世記4章3~5節)。それこそひたすら、そこに露見した戸口に待ち伏せする罪を、「身を翻して」足の下に踏み敷くべきためでした。これに失敗したカインの末裔たちに、この礼拝の場こそ主イエスから赦しと和解の福音を聴いて「兄弟と仲直り」の道に急ぐ場であることが語られます。「だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。」(マタイによる福音書5章23、24節)。神その方が「身を翻して」人となって下さったのが私たちの主イエス・キリストです。このお方を救い主として生きる私たちの生活は、生活の全ての場所で、常に身軽な「身の翻り」を促し続けます。預言者はそれによってもたらされる新しい命の力を、次のように言い表しました。「あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。主は、とこしえにいます神/地の果てに及ぶすべてのものの造り主。倦むことなく、疲れることなく/その英知は究めがたい。疲れた者に力を与え/勢いを失っている者に大きな力を与えられる。若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが、主に望みをおく人は新たな力を得/鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ書40章28~31節)。

10月20日説教

聖 書  ガラテヤの信徒への手紙 2章1~6節
説 教  「人を分け隔てしない神」

 「おもだった人たちからも強制されませんでした。――この人たちがそもそもどんな人であったにせよ、それは、わたしにはどうでもよいことです。神は人を分け隔てなさいません。――実際、そのおもだった人たちは、わたしにどんな義務も負わせませんでした。」(6節)

 パウロがキリストに出会い、使徒として召されて後、彼は「アラビヤに退いて、そこから再びダマスコに戻った」と書きます(1章17節)。そして3年後エルサレムに行きペトロと会った他は、どういう日々を過ごしたかは記録されません。恐らく既に主から託された異邦人への伝道を何らかの形で始めながら、同時に静かに主が彼の中に起こされた変化を確認する時を持った、というようなことが想像されます。しかしそれから14年後、エルサレムに上ることになります。そのことについてもパウロは、「啓示による」行動だったと記します。これも又この手紙の冒頭での手紙の書き出しと同じに、「人々からでなく‥‥キリストと、‥‥父なる神とによって」(1章1節)導かれてのことだったわけです。私たち全て信仰者の生活や行動にも、同じ確信が土台に据えられるならば、大きな支えが与えられる筈です。しかも、パウロは異邦人に福音が伝えられる、というそれまでのユダヤ世界が思いも及ばなかった事態の展開に仕える者とされていました。例えばペトロがヤッファの町で見た幻(使徒言行録10章12~14節)の意味も、彼らを長らく培ってきた民族観念から脱皮することが、如何に難しい事だったか、しかも神が「啓示」を現される時に、正に奇跡的な出来事として実際に現実のものになる、ということを見るのです。「論じ合おうではないか、と主は言われる。たとえ、お前たちの罪が緋のようでも/雪のように白くなることができる。たとえ、紅のようであっても/羊の毛のようになることができる。」(イザヤ書1章18節)。「クシュ人は皮膚を/豹はまだらの皮を変ええようか。それなら、悪に馴らされたお前たちも/正しい者となりえよう。」(エレミヤ書13章23節)。

 しかも、だからと言って、神の「啓示による」確信は、決して独善ではないことが明らかにされて行きます。エルサレムの「おもだった人たち」と言うのは、恐らく主イエスの御在世中の特別大切な意味を含む出来事、例えば山の上で栄光の御姿に代わられた折(マタイによる福音書17章1節)や、ゲッセマネの祈り、又会堂長ヤイロの死んでしまった娘を命に立ち戻らせる奇跡をなさった時(マルコによる福音書5章37節)、さらにはあのゲッセマネの園での苦悶の祈りの折(マルコによる福音書14章33節)等々、何時も決まって呼び出されてお供をしたのがペトロ、ヤコブ、ヨハネでしたが、この三人がエルサレムにできた教会を支える中心的な指導者たちとして働いていたのでしょう。パウロは彼らに会い、彼が異邦人伝道に「無駄に走っているのではない」ことが、確認されるのです。ここでパウロは、決してこの三人を権威者のように受け止めて、彼らの許可を得ようとしたのではないことを、この手紙の文面が示していることに注意しましょう。主に召されたということで、彼らは同じ平面に立っているのであり、権威者は主御自身ただ一人です。その事が後にパウロの「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。」(コリントの信徒への手紙一、15章3節)という言葉となって表されることになります。

 こういう経験を通して、私たちは「人を分け隔てしない神」を知ってゆく、という大変重要な意味を持ちます。「神は人を分け隔てなさいません。律法を知らないで罪を犯した者は皆、この律法と関係なく滅び、また、律法の下にあって罪を犯した者は皆、律法によって裁かれます。」(ローマの使徒への手紙2章11、12節)。「分け隔てしない」という言葉は、「人をその顔によって受け入れるのではない」という意味であって、どのような顔つきをしていても、その人の外面の違いで分け隔てはしない、ということです。「おもだった人たち」がパウロの中に神の働きを認め、その時同行した異邦人キリスト者のテトスさえ「割礼‥‥を強制されない」、という事態が生じています。異邦人伝道者パウロを召した神は、ペトロをもあのカイザリヤ体験で、異邦人に福音が及ぶ時代の到来を、神から直接示されていました。そのことが、様々な立場や賜物の違いを認めて受け入れると同時に、そこに「人」として分け隔てのない関係に入れられる、という地平を開きます。そういう処でこそ、命が輝きを放って、私たちの生活世界に次々に湧き起こるありとあらゆる困難を克服してゆく、難しいがしかし決して不可能なままでは終わらない道が開けます。生ける神の前にあって真実に自由にされる人に、開かれ始める希望の扉が見えて来ます。

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